地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2015年03月28日

2015年3月21日改正「25」貝塚駅と「25-1」動物園


福岡を走っていた路面電車が廃止になった際に走りだした、
電車代替番号の最後の砦、「25」。貝塚から城南線を通って西新方面。



福岡タワーまで延長された時点で、すでに何かちょっと違うものになってはいたのですが、



西新を経由しなくなり、番号も「20」になるということで、ひとつの時代の終わりを感じさせます。



「25-1」動物園行きも廃止になるということで。



ロータリー工事のため、折り返しができなくなる、というのが表向きの理由。
実際、利用状況はどうだったんでしょうか。
もし非常に乗客が多くて、廃止にするのはもったいないと判断されたら、
小笹団地東口行きなんてのが新設されたりしたんでしょうか。



「貝塚駅」の廃止前標示。動物園はあるのに、西新がないのが、
すでに拠点性を失った結果と言えるでしょうか。
地下鉄に比べて非常に大回りな経路を辿る「25」では勝負するまでもないのでしょうが、
そのわりには福岡タワー方面がちゃんと記載されているのは、終点だからですか。



薬院で分岐して、動物園までとタワーまでの路線図。



平日は毎時4本くらいは天神まで行ってました。



国道3号線から貝塚駅方面に曲がる交差点の角にガストがあって、
その2階は歯医者です。こんどう歯科クリニック。
高校の同級生なので、バスとは何の関係もありませんが、宣伝しておきます。



最後に惜別乗車ということで、仕事終わりに貝塚まで来て、



まずは、「25-1」の最終便。



動物園に到着して、路線図。
まず50番台があったところに、あとから貝塚駅を加えたせいか、
ここまで各終点の位置関係に整合性のない図も珍しいです。



バス停移設のお詫び。移設するためにバスカットを作ろうと工事していたら、
その工事が予定通りに終わらなかったので、とりあえずバス停を別の位置に置きます、
ということだと思いますが、非常に難しい説明。



廃止と移設の告知。



西新に移動して、最終の貝塚行きを待ちます。
ここから城南線方面に行くには、「10」「15」が残るので、さほど不便もないでしょうし、
やはり「25」はすでに役目を終えていたといえるのでしょう。

桜坂あたりからドームに行こうと思ったら、西新経由は非常に無駄な遠回りに感じますので、
鳥飼の所から曲がってくれる「20」は、精神的にも効率的な改正なのかと。
実際のところ、設定所要時間は3分くらいしか変わらないようなので、
1車線しかない今川西町公園経由の道路が渋滞したら、「15」に負けることもありそうですが。



西新パレスの告知。天神までになった姪浜からの「1」が、
とうとう藤崎までしか来なくなって、それもまた時の流れ。



「25」の最終が出発する4分後に、姪浜駅北口の最終も出発するのでした。

市内均一運賃が2段階になる前は、「6」や「25」や「86」には整理券も運賃表もなく、
浜松町から先で貝塚行きに乗車する場合、自己申告で初乗り運賃を払っていました。
て話が何のことかわかる人は、きっと昭和生まれ。
そんな記憶がある分「25」の方が思い入れがあるので、



最終の貝塚駅行きに乗車して、終点まで乗りました。
とはいえ、天神から先の区間は「20」として何も変わらず残るわけですし、
この日は週末金曜日のせいか、12時前の便にも関わらず、
貝塚駅終点まで10人近くの乗客がいて、廃止ムードはゼロ。
乗ってる人が多いのは、めでたいことなんですけどね。



2時間ほどで戻ってきたのですが、すでに路線図は更新されていました。



時刻表も。平日日中は、きっちり15分毎の均等ダイヤです。



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この記事へのコメント
こんにちは(^o^)

西鉄バスも新しい時代になったということで…


久留米も新しい時代になってきました。


9番竹の子行きが復活したり、本来朝夕しかなかった7番の船塚経由が1番として大量発生したり
50番が船塚か経由で信愛女学院まで走るようになったり…

よくわかりませんf(^_^;
Posted by 暇工作 at 2015年03月28日 11:13
この25番、大学のころにバイトで乗ってました。
ちょっとさびしいですね。

大牟田の路線も4月からちょっとだけ変わるようです。
Posted by G3 at 2015年03月29日 22:03
市内電車時代、

貝塚方面と城南線方面を結ぶには、千鳥橋と一丁目の間を北と西(つまり天神)廻りで結ぶか、東と南(つまり博多駅)廻りで結ぶかであり、それぞれ、25番、26番となりました。ほどなく26番は廃止となり、電車廃止時には25番だけが残っていて、そちらだけがバスに引き継がれた、というわけです。

26でなく25が選ばれた理由は、想像するに、城南線方面から住吉・博多駅方面へは10番に乗れば行けるから26番は不要、でも石城町方面へは25番でしか行けない、ということではなかったでしょうか。もっとも、26番の廃止で、緑橋と潟洲町だけは城南線からは行けなくなりましたが。

乗換券のようなものを使っての電車同士の乗り換えが認められていなかった福岡の市内電車の苦肉の工夫でしょう。
Posted by Tokyo Chikushi at 2015年03月30日 13:25
暇工作さん、こんにちは。
「50」は1時間に4本、JR久留米と船小屋を淡々と往復する、
均等ダイヤが持ち味だったのですが、
両末端部が過剰供給と判断されたのだと思います。

そこで系統数が増える結果となったのですが、
端緒のひとつに、筑後船小屋行き系統の新設が
あったのかなぁ、と思っています。
そういう意味で、これも新幹線の影響のひとつかと(笑)。

実際に乗ると、久留米市内と筑後市内での利用者数に、
大きな差があるように感じますので、
相川あたりに土地さえあれば、
久留米打ち切り便を作るのが現実的なのかな、と。
カドのガソリンスタンドで回らせてもらうとかですね。

セブンイレブン高良台行きでもいいのですが、
高良台という地名自体が、高良大社の方面と
勘違いされる恐れが多少。

附設は高需要の重点区と見直されたぽいですね。
船小屋から「1」が出ていた時代もありますし、
「50」の赤坂止めもあったことを思えば、
時代は革新と回帰を繰り返して歴史になる、という感じでしょうか。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2015年03月31日 07:14
>G3さん

「25」は特徴的なところを走ってますので、
全区間乗り通す物好きはレアにしても、
「25」でしか行けない区間に乗ってた、って人は多いと思うんです。
自分の生活に大きな支障を生じないのに、
何かちょっとさびしいのは、そういう要素もあると考えてます。

大牟田の「57」は、何も残せないまま、改正を迎えます。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2015年03月31日 07:18
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