地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2015年07月19日

下大利駅2015


バスのりばはそのままですが、後ろの駅は高架工事中。



特に、説明することもない駅前。



見ればわかる、とでも申しましょうか。



想いを伝えたい場所と、風景を残したい場所があるとすれば、
現在のここは、後者。



なので、キャプションは特に必要ではなく、



何年か経った時に、意味を成すもの。



建物。



バス停名残。



駅前の交差点。



三叉路。


駅の出入り口が変わって、




上からも眺められます。




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Posted by ちょんびん at 07:07│Comments(4)二日市
この記事へのコメント
こんにちは(^o^)

ここも40年前は平野ハイツ行きと、もうひとつ行き先は忘れましたがその2系統だけだったんですけどねー。

伯母がつつじヶ丘に住んでおりまして、そこに行くためにバスに乗ってました。

たしか一時間に二本くらいしかなかったと思います。

それでも三時間に二本のうちの路線に比べたらはるかに多いですが、この辺りはこの40年でかなり開発がすすみましたね(^o^)


下大利団地にはこれまた別の叔母が住んでいましたが、駅近くにあったさつまラーメンの出前が懐かしいです(笑)


そういえばさつまラーメン…福岡に今もありますか?f(^_^;
Posted by 暇工作 at 2015年07月19日 15:00
40年前!急行が停まらなかった時代ですね(笑)。
わたしもまだ福岡に越してもいないですし、
居たとしても2才なので、何も覚えていないでしょう(笑)。

系統番号から推測すると、「21」の平野営業所の次は、
「22」の西鉄二日市ですかねー。
でもきっと、天拝坂は通ってませんよねー。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2015年07月19日 16:49
系統はおそらくそのあたりですね。


当時南ヶ丘はかなり拓けてましたが、まだつつじヶ丘は開発中で、伯母の家のすぐ山手は林で、カブトムシがいました。高級感漂う南ヶ丘に対してつつじヶ丘は一般的な住宅街というイメージがありました。実際はどうなのかわかりませんがf(^_^;



天拝坂はまだ森林地帯だったかもしれませんf(^_^;


バスもモスグリーンから赤バスに替わり出したころで、子供心に驚いたものです。

モスグリーンをリアルで見て覚えているのは私の少し年下くらいまでですから(笑)

そうそう、この下大利で初めて番号幕と方向幕が別れていない一枚幕のバスを見たのです。


今でも番号幕と方向幕が別々のほうが好きなんですけどね(^o^)
Posted by 暇工作 at 2015年07月19日 21:17
少し年下の72年生まれ、リアルに覚えてる最終世代です(笑)。

方向幕のセパレートの方が、見たかどうか憶えてません。
長く生きていると、資料写真としては度々見ているので、
それがリアルな経験だったのかどうかが混濁してきます。

住宅地のイメージは、地元ならではですよね。
私は南ケ丘もつつじケ丘も、まったく縁がなく、なんのイメージも。
坪単価なんか考えると、そこそこ正確な答えが出るのかもしれませんが、
このブログには必要ない情報なので、やめておきます。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2015年07月22日 16:50
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