地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2015年08月10日

駅前一丁目


昔、「19」ができて数年しか経たなかった頃、それまで博多駅行きだったのが、
入庫のルートの都合でしょうか、駅前一丁目行きになったことがあります。
はい、まったく検証せずに、あやふやな記憶だけを辿っていますので、
時期とか間違っている恐れは多分にありますが、話半分に聞いてください。



当時、博多駅から「2」に乗ると、次は祇園町、その次は奥の堂で、
駅前一丁目には停まりませんでした。バス停がなかったわけではないと思うんです。
終点というのは、ちゃんと折り返し場があるとか、街の中心とか、
そういうものであるはずだ、という偏った拘りを持っていた幼い私は、
なんで「19」は駅前一丁目なんていう中途半端なところを終点にするんだ?
と釈然としない想いを抱いていた記憶があります(笑)。変態ですね。



ですから当然、「47」の渕上経由祇園町行き、なんてのも、
今考えると面白い運用だと思うのですが、当時はあまり好きではなく、
ちゃんと博多駅で終点にすればよいのに、てなことを考えていた時期がありました。
「47」がまだ、小林町経由だった時代です。

「44」ができる前でしたので、山王公園前に行くには、
板付団地と動物園を結んでいた「56」に乗る必要がありました。
堅粕から板付方面へ、循環線の「50」が「41」「43」と同じ経路を走っていましたが、
それでも山王方面が50番台というのは、なんか違和感がありました。
いまの「29」も心が完全に受け入れているかというと、そうでもありません。



そんなこんなで、「駅前一丁目」は、その無機質な名前も含めて、
いまひとつ私の中で重要視できないところがあるのですが、
個人的な偏見は何の役にも立たず、この発着本数が全てです。



バスターミナル構内が終点の博多駅行きと、



バスター、ってこれも構内。



一番多いのは、新三井ビルの前の降車場に停まるものなのですが、
そのまま循環線として郊外向けに連続運行するものは、
こうやって博多口前に到着して、そのまま出発していきます。
LEDの存在も、連続運用に貢献しているのかもしれません。

200番台から500番台へ、天神ランプを介しての連続運行は、
赤坂あたりからすでに野方行きとか拾六町行きとかに変わりますので、
生松台経由だったりすると、野方発野方経由野方行きという乗り方ができるのですが、
ここは博多駅前で系統は切れます。

朝の祇園町~住吉直通って、「9」「11」「19」あたりがあるわりに、
あんまり本数多くないんですよね。連続運行にしてもよさそうですが、
何か混乱が起こるんでしょうか。



「29」「68」は別項目。
まあ、博多駅まで乗る人も、まともに時刻表見ないとは思います、というより、
100円とは、この1バス停乗る人がどれくらいいるのやら、という話かも。
博多駅前→駅前四丁目は、そこそこ距離があることもあって、
けっこう使ってる人を見ますが。

そのうち、古い路線図を見ながら適当な思い出を垂れ流す、
昔語り、なんていうカテゴリを作るかもしれません。
その際はぜひ、高校のひとつ後輩であるsoramameさんを引っ張り出したいです(笑)。



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この記事へのコメント
こんにちは。
先輩、引っ張り出ますよ!(笑)

68番に駅東三丁目行きがあった時期があったと思うのですが、どこで折り返してたんでしょうね。
41番の大名二丁目行きとか、30番の法務局前行きとか、ギリギリまで営業運転しようとしていた姿勢は、いま考えるとかなり律儀に見えます。
今川橋の車庫から出る3番星の原団地行きの始発地が、反対方向の終点の西新パレス前ではなく、西新一丁目だったこともあったような。

…最近は記憶の消失が著しいですが、適当な記憶も、寄せ集めると精度が少しは上がるかもですね。
Posted by soramame at 2015年08月10日 18:46
駅前一丁目。
重宝に使っている便利なバス停です。
博多駅近辺から中洲や天神付近に向かう場合、交通センター(馴染んだ呼称で)から乗ることもありますが、多くは「駅前一丁目」から乗ります。1つのバス停からどの経由のバスにでも乗れるからです。

東京の同僚が日航ホテルなど、付近のホテルに泊まるなどという時に、「駅前一丁目からバスに乗ると便利だよ」などと教えておくのですが、彼ら、「いろんなバスが来てどれに乗っていいのかわからない」とか、「どこに並べばいいのかわからず、待っていてよいのかわからなかった」などと言って、結局、そのままタクシーに乗るか、地下鉄の駅まで歩いて地下鉄に乗るようです。
福岡の人間からすると、こんなに使い勝手の良いバス停もないように思うのですが。よそ者にとっては必ずしもそうでもない。こんなところが、バスが旅行者に敬遠される点なのかもしれません。

逆に、天神から博多駅へ向かおうとすると、どの通り経由で向かうか決めて待つしかなく、不便このうえない、といつも思います。以前(もう30年以上も前ですが)は、ほぼ100パーセント貫線経由のバスを待っていましたが、現在では、大丸前か天神一丁目で待ちます。天神の重心が南下したことと、それにともないバスの本数の比率も変わったのでしょう。

あのぅ、「小林町」経由だったのは、「45番」だったのではないでしょうか。「47番」が当時通っていたというのは、小柳通りのことでは?
(別にあら探しをするつもりはないのですが、目に留まったので…)
「小柳通り」は、筑肥線を股越すための新道ができる前の47番の経路で、百年橋通りよりも北側は、新道ができた後も長い間バスは小柳通りを通っていました。その交差点のところにあったボーリング場に学生時代によく通ったものです…
その新道は。
筑肥線無き今、なぜ高架になっているのかと、子供たちは不思議に感じるのではないか、と要らぬお節介をしてしまいます。
Posted by Tokyo Chikushi at 2015年08月11日 00:48
soramameさま、登場ありがとうございます。
我々が小学生の頃の路線図は各年分揃っているので、
見ながら違いを探すだけで、何日も遊べるのでないかと思っています。

「68」の駅東行きの記憶が全くありません(笑)。
西新一丁目始発の星の原行きは間違いなくありました。
乗ったこともあると思います。
昔は無駄なことまで覚えておく記憶力が誇りだったのですが、
今は都合のいいことも悪いことも、全部流れていこうとしています。
トシをとるってこういうことなんでしょうね。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2015年08月11日 15:18
Tokyo Chikushiさん、こんにちは。
天神博多間の移動が多いと、また印象は変わるでしょうね。
私は早良区に住んで糸島で働いているので、
バスに乗ること自体を目的としない限り、
なかなか福岡都心に縁がない暮らしです。

どこに連れて行かれるかわからない、
というのはバスに慣れていない人たちの大きな問題です。
100円バスが重宝されるのも、
決まったルートしか通らないからだと思いますし。
天神とサンパレスと呉服町、ここからのバスを理解していなければ、
けっこう高い確率で望まない場所に行けますね、甘木とか(笑)。

天神は、あまりこだわりがないので、
出発地から一番近いバスで待つと思います。
大和証券の前にいるのに、コアまで移動することはなさそうです。
もともと田舎バス好きなので、待たされることには免疫があります(笑)。

「47」では確かに、小林町を通れませんねぇ。
これを書いたのは先月の話なので、
何を意図していたのか本人にもわかりかねます、あしからず。

指摘は積極的にお願いします。
予約投稿で掲載されてから、自分で誤りに気付くことも多いのですが、
誰からもツッコミが入らないと、
みんな結局まともに読んでくれてないんだろうなぁ、って拗ねるような、
ややこしくて面倒な性格になるときもございますので。

高架の下も長いこと行っていませんが、
簑島駅の跡としてホームを象ったモニュメントがありましたので、
高架の由来を理解はしてくれると思います。
今も小柳通りにバスが走ってくれれば、
私にとって福岡でも有数の撮影好適地になるのですが。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2015年08月11日 15:29
こんばんは。
駅前一丁目終点の件ですが、いつ頃からできたのかはわかりませんが、なくなったのは1987年4月1日のダイヤ改正で間違いありません。
手元に1986年11月12日現在と1987年4月1日現在の路線図がありますが、前者の路線図には駅前一丁目行きの表記があるのに対し、後者の路線図からは駅前一丁目行きが消え、すべて博多駅が終点となっています。
駅前一丁目行きがあった名残が方向幕にもありましたよ。駅前一丁目の部分だけを消して博多駅行きにしていたやつがありました。1995年頃までその姿を見ることができました。
博多バスターミナルを終点にしている路線が存在する理由は、すべて三井ビル前終点にしちゃうとその周辺が大渋滞になるためです。だから100円循環バスや3-1などは博多バスターミナルが終点となっているのです。
Posted by E52 at 2015年08月11日 22:10
こんにちは。

>なくなったのは87年。
えー、そんなに昔のことですかー(驚)。
すくなくとも「19」が駅前一丁目行きになったのは、
1979年より後のはずなんですよ。私、小学生でしたから。
そしたら、駅前一丁目行きがあった時期って、
ほんの10年足らずなんですねー。

>駅前一丁目の部分だけを消して
ありましたねー。
もともと大きく博多駅が書かれている下に、
(駅前一丁目)とカッコ括りで書かれていた幕なので、
消されてもあんまり違和感のないタイプの記憶があります。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2015年08月12日 13:31
こんにちは。
昭和54年(1979)2月に市内電車が全廃された時に、代行バスの営業所として千代営業所と共に駅前営業所がつくられたと思います。西方面からのバスの折り返し場として使用されたのもこの時か、その後でしょう。ここはその前は九州観光バスの本社営業所でしたが、石城町に移転した跡に出来ました。その後西鉄の駅前ビルと祇園ビルの建設のために (?)、営業所は廃止されました。承天寺の山門復元用地にも使われています。
Posted by 青葉台神宮駅 at 2015年08月12日 15:47
こんにちは。

なるほどー、駅前営業所の盛衰と関連して考えればよいのですね。
市内電車全廃の日は、
小学校に上がるちょい前でしたが、よく憶えています。
駅前一丁目の延伸が、その翌日からだとしても、
ちょうど私の記憶と整合性がとれて嬉しいです(笑)。
ありがとうございます。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2015年08月12日 16:32
こんにちは。

ちょんびんさん>
>もともと大きく博多駅が書かれている下に、(駅前一丁目)とカッコ括りで書かれていた幕
このタイプの幕はこれのことですね。窓に貼られた冷房車のステッカーが懐かしかったり…(笑)
http://www.tonkotsu.net/bus/img/1002-17.jpg

自分が言った駅前一丁目駅前一丁目を消した博多駅行きの方向幕はこれです。
http://pbs.twimg.com/media/CNd1K3qU8AAt4Ng.jpg:orig
同じ駅前一丁目行きだったのに、幕の作り方が違うのは面白いなあと思います。
Posted by E52 at 2015年08月28日 13:26
こんにちは。

そうですそうですー。この2種の幕は、どちらも記憶があります。
私の地元の「17」「19」は、博多駅の下に駅前一丁目、
のタイプが多かったように思います。

冷房車のステッカー懐かしいですー。
時刻表にも青丸のハンコが押してありましたもんねー(笑)。
現代の方には、何のことかわからないでしょうから、
こういう話ばかりするのは申し訳ないのですが。

「66」の消した分は、博多駅の右側に、
駅前/一丁目、と2列に書いてありましたよね。
当時も今も、かなりの裁量権があるのか、
幕がLEDになっても、営業所ごとの違いは残ってると思います。

壱岐と金武でも、通過済バス停をどこで消すかに対して、
かなり情熱の違いが感じられます(笑)。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2015年08月28日 13:54
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