地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2016年12月11日

独自区間のアイデンティティ

西鉄の行先番号について思いつくままに。

地元なので、私が最も愛しているのは、「2」でしょう。
「2」を愛しているのは間違いないので、じゃあその理由を考えるに、
地元だから、と後付けしているに過ぎないのかもしれません。
なぜなら自宅最寄りバス停である原八丁目を経由する「2-9」には、
そこまで愛情を感じていないからです。

これまた敢えて理由を考えれば、
新しくできたから、元々の愛着となる基礎がない、なんてことも言えますが、
新しくできたからこそ芽生える愛情もあるはずでして、
最終的には理由を求めること自体がナンセンス、という結論になりそうです。

それはさておき、
先ほどちょっと外出しているときに「502」に逢いまして、
「ああ最近ご無沙汰だよなー、乗りたいなー」と思ったわけです。
でもそのあと、
「原までは201でもいいし、弥生から愛宕も7とか503が走るし、
502でしか乗れない区間ってないもんなー」とも思ったのです。

現在の「2」の独自区間、と考える前に、
「独自区間」の定義をしておきましょう。
枝番も別物、つまり「2」「2-3」「2-9」はそれぞれ独立と見做して、
ひとつの番号しか通らない区間を指すことにします。

すると、「2」の独自区間は、「金武=かなたけの里入口」ということになります(笑)。
天神から大濠までは、昭和通り経由20番台がたくさん居ます。
大濠公園過ぎると明治通りから合流してくる「3」が本数多いです。
西新藤崎間には「9」が居ますし、藤崎弥生は「11」や「69-1」が並行しています。

かつて早良口から弥生二丁目までは「2」の独自区間でして、
(※厳密には、私が物心ついたころには、通勤時間帯だけの「4」も走ってましたが)
本来、電車通りを走る「1」から分岐して、
早良口から南に下るのが「2」という区分だったはずなのです。

藤崎のバスターミナル6番のりばから出るバスは、どれも原を経由したので、
地元地理に詳しくない人がウチに遊びに来る際には、
「藤崎の6番のりばで、来たバスに乗って原か原往還で降りて」といえば足りました。

現在は、「8」が発着しているので、1時間に1本ほどのイレギュラーではありますが、
間違って乗られてしまう恐れがあります。
その代わり「2-9」という、さらに近いとこまで来るバスもできてるんですけど。
さらに言うなら、「8」で有田一丁目で降りても、実は原からウチまでと、
距離的にはさほど違わないような気もするのですが。

でも運賃の都合も相まって、ウチから藤崎行くのに、有田一丁目には絶対に行かないです。
「何処で乗るか」と「何処で降りるか」の大きな意識及び利便性の違いは、
soramameくんがどっかで詳しく言及していますが、
検索かけても見つけきらないので、興味のある方はご自身で探してください。

※追記
ご本人からリンク先ご紹介コメントいただきましたので、
併せてご参照ください→「東蜷田:どこで乗れるか/降ろされるか

同じように、自宅の最寄り地下鉄駅を探すと、金山が出てくるのも、
直線距離だか道路の最短距離では正解なのかもしれませんけど、
実用性はゼロむしろマイナスです。

話の脱線を少し元に戻して、「2」しか走らない区間が現在金武の一部なのですが、
じゃあ「2」のアイデンティティは、金武か、といわれると、
恐らく「2」の乗客の5パーセントも、金武を経由しないと思うのです。
一番乗車濃度wが高いのは、早良口から弥生二丁目あたりですよね。

理由はさておき、各行先番号を挙げられると、
その番号でイメージする区間、ってのがあると思います。
「1」なら私は新室見と石丸新町の間ですし、
「2」なら原と原往還のあたりですし、「3」は荒江バス停の付近です。
人によって違うでしょうが。

そのイメージする区間を、各行先番号における「アイデンティティ」だとすると、
「独自区間」と「アイデンティティ」は、必ずしも一致しないよなぁ、
という印象を受けます、というのが今回の結論です(笑)。

ここから蛇足。
独自区間ってのは、厳然たる区分が可能ですよね、あくまで事象ですから。
前述の「2」のほかにも、「2-9」は原往還以南は殆ど全区間ですし、
「46」とか「55」とか「68」とか、
狭い道を走る小さなバスの独自区間が長い気がしますね。

「3」の星の原団地も、従来の行先番号に「3-1」とか「3-3N」が無ければ、
いまごろ「3-1」って名乗らされてるかもしれませんよね。
それか賀茂付近の地域番号をなんとなく9にして、
星の原方面だけ「3-9」、博多駅行きは「3」みたいな運用賀茂(誤字でなく鯉でも恋でもなく故意)。

アイデンティティとなる区間は、その番号で一番客が多い付近でしょうから、
大量輸送手段という公共交通の宿命からすると、
人が多いところには路線系統も増えるわけで、
アイデンティティと独自区間が共通でないのは、当たり前かもしれません。

ここに、さらに思い入れというか感傷的要素の強い、
「ハイライト」という観念を入れてみると、さらに面倒になります。
というか個体差が大きくなって、完全に収集がつかなくなります。
「2」のハイライトは、廃止になった金武=南金武旧道だったと思いますし、
その思い入れがあるゆえに、現在の金武=南金武をハイライトと呼ぶのは、
現状まだ躊躇いが大きいです(処置なし)。

「55」のハイライトは平和二丁目なり三月田公園だと思うので、
独自区間とアイデンティティとハイライト、どれも共通な人が私以外にも多いかもしれません。
「68」は福浜から大通りまで、もっと限定すると福浜の発着所自体がアイデンティティで、
だから「68」と「61」が並立していた場合、
「61」のアイデンティティは屋形原だと思うので、
「68-1」に替わった今の方が、「68番台(笑)は福浜がアイデンティティ」とまとめやすくなりました。
その代わり、天神博多間で、多くの偽物(笑)「68」が現れていますが。

私が物心つく頃(昭和52年末あたり)と、大学で原付を手に入れる頃(平成3年)に境界線があり、
それぞれ、昔、以前、最近という範疇で区分されることが多いです。長い最近25年です。
藤崎のターミナルができた時を認知している私にとっては、
アレはいつまで経っても「新しいもの」カテゴリーでして、
やはり以前/最近の区分より、昔/以前の区分のほうが厳密です。




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この記事へのコメント
こんにちは。

天神行きの4番を見るたび、そのアイデンティティというものを考えさせられます。
4番の土井~天神間にも、それなりにアイデンティティとなり得る部分はあると思うのですが、どうしても4番天神行きに違和感を抱いてしまうのは、私の中の「昔、以前、最近」のフレームが原因なのかもしれません。

「どこで乗れるのか」と「どこで降ろされるのか」については、こちらで書いてます。
取り上げていただいてありがとうございます。
http://blog.goo.ne.jp/soramame_1973/e/1a0fd935774cd291dc7505a4b7d1f0c6
Posted by soramame at 2016年12月11日 15:32
ご指摘ありがとうございます。リンク貼りました。

昭和50年代からの経緯をリアルタイムで知るものとして、
現在の番号に関して、「しっくりくるもの/違和感のあるもの」も、
それぞれに有りますよね。

天神を中心として、
「1」「2」「3」がすべて西方向であること自体が不自然と感じれば、
「4」が東側に向かうことで溜飲を下げる(笑)人もいそうで。
まずそのためには、番号が少ないほど格が上という、
これまた根拠のよくわからない価値観を前提にせねばならんのですがw

てなことを考えたら、
どこまでの経緯を知っているかによって、
番号の府落ち感が大きく違うように思いまして、
長い追記となりました(笑)。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2016年12月11日 23:57
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