地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2017年03月04日

神屋町

当ブログは、先に掲載したいバス停を決めたらそこを訪問して撮影しますが、
具体的にここを、というのは終点と風光明媚な場所以外に稀でして、
バスに乗っていてなんとなく今回はココを撮ろうかという選択が殆どです。
とにかく撮った写真をバス停ごとに分けてから、
写真の並びを調整して、キャプションを付けて体裁を整えています。

撮影時点ではキャプションを付けることを想定しながら、
「福岡市の西郊、正面に見える飯盛山が印象的な、田村団地北口
なーんてことを呟きながら撮影していますが、
帰って来てから編集してブログを綴ろうとすると、
現地で考えたことの殆どを忘れています。
この写真なんで撮った?とハテナがたくさん浮かぶこともしばしば。

ボイスレコーダーを買ってみたこともあるのですが、
一度もブログ用に使わないうちに、ポケットに入れて洗濯してしまい、
私には向かない方法だと思い知らされました。

プロットを決めずに書き始める文章は、よく「落としどころ迷子」に陥るのですが、
まったく結論も何も出ないままにブログを終えてもクレームは来ないので、
みなさん何も生産的な知識は当方に求めていないのだと思えば気が楽です。



と、戯言をひとしきり呟いた後で、右を見るとバス停。



左を見てもバス停。ここの印象として、隣接バス停の近さが挙げられます。



正面を向くとオロナミンC。



神屋町。
バス停名称の元になっている街はこの写真側で、つまりオロナミンCは神屋町ではなく、
この辺の撮影をしつつ背を向けている側が神屋町なのですが、
夕方に訪問したら順光の都合により西が向けませんので、
神屋町界隈の風景は何もありません。



どのような沿線風景があって、どんな道を走るのか、というコンテンツはもちろん大事ですが、
ひととおりの西鉄路線に乗った今となっては、なぜこんなに本数が少ないのかという、
コンテクストの部分により惹かれていますので、この時刻表のメインは「4-3」。

行先番号としては「よんのさん」が正しいのでしょうが、運行形態は「よんからさん」です。
ハイフンではなく右向き矢印⇒で繋ぎたいくらい。



西鉄多々良の土井営業所方面最終バスは朝の9時台で、
逆方向の流通センターへ行くバスの始発は17時台です。
周辺に天神博多へ通勤通学する人がいないとも思えないのですが、
(国鉄)多々良と経路を分散させるより、乗る時は多少遠くても同じ場所に集合してもらい、
本数の確保をした方がユーザの期待に沿うという判断でしょう。

「つまりは西鉄多々良は、ただ土井営業所までの入庫短絡路上に便宜上あるだけで、
実際に利用する人のことなんて考えていない設定に見えます。」
というようなことを机上の推論だけで書きますと、
流通センターから西鉄多々良までの朝便の固定利用需要があったりするのが、
このバス路線趣味の面白いところです。どのくらいの方にご理解いただけるでしょうか。




バス停名称は「かみやちょう」。



交差点は「かみやまち」。ままあることです、と流してしまうのが正しい大人(笑)。
何をもって正解とするのか、ってとても難しいことなのですよ。
公的機関も全ての地名に思い入れなんか持っていませんので、時として派手に間違いますからね。

行政が登録するにしても、結局は地元の自治会か何かに確認するでしょうし、
そこで当時の偉いさんが答えた内容が「地元では代々(ちょう)で訓み慣わしている!」だった場合、
それを疑うことはあまりないでしょうし。

さらには福岡市、町が付いていること自体を面倒くさいと判断する傾向があるのか、
蔵本町とか天神町とか西新町とか、もともと町が付いてたところでも、
「町」が無くても問題ないと見做された場所は削られていっています。
市営地下鉄は「祇園町」ではなく「祇園」駅ですし、当初案として「呉服」駅も検討されましたし。



都心向けの神屋町バス停は、原三信病院前に立っています。
原三信病院を説明するのに、「こないだタクシーが突っ込んだとこ」という内容を複数回聞きました。
亡くなられた方もおられますので、闇に葬るのも不謹慎かとは存じますが、
病院にとっては迷惑なレッテルの貼られ方のように思います。



九州郵船の事務所。
どんなにストーリー展開を考えて現地訪問したところで、
神屋町のバス停記事が西鉄多々良に派生した上で、
最後に「壱岐にまた行きたいなぁ」で終わるとは、誰も予想できますまい。(1700字)





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この記事へのコメント
上から読み進めて行って、「えっ、いつから『かみやちょう』になったのか??」と驚いてしまいました。「幼い頃から「かみやまち」だったのに…」
でも読み進めて行って、信号機の交差点名に「かみやまち」と記されているのを見て、安心しました。安心するようでは、私は正しい大人ではありませんね(笑)。
でもバス停名称の影響は大きいですから、これから「かみやちょう」になっていってしまうのかもしれません。

呉服町については、都市高速のランプ名称も、仮称段階では、「呉服ランプ」でしたが、完成する前に「呉服町ランプ」に落ち着いたようです。
地下鉄の「祇園」駅や「呉服町」駅ができたのが、たしか昭和57~58年頃、呉服町ランプがそのちょっと後ですから、その頃に、「町名から『町』を削除する」という20年来の流行病(はやりやまい)が終息したのだと思います。
Posted by Tokyo Chikushi at 2017年03月05日 15:24
こんにちは。
本家が奈良屋町にあるので、原三信病院は、子供の頃から親戚のお見舞いの記憶ばかりです(笑)。

神屋町のバス停って、いつできたか記憶が定かではないですが、比較的新しいですよね?
病院の利用者から要望が出たか、病院から申し出があったか、西鉄が病院利用者のニーズを狙ったか、いずれにせよ病院絡みでできたバス停だと思います。
病院の所在地である大博町の名前が付いていたとしたら、読み方が間違ってたら訂正の動きもすぐ出てきそうですが、向かい側の町名だったので誰もあまり熱意がわかないまま現在に至っている感じもします。
Posted by soramame at 2017年03月05日 16:42
Tokyo Chikushiさん

今も呼び名は「かみやまち」です。
確かにバス停は毎日連呼されますので、
少しずつ侵食されていくのかもしれません。
致命的な影響も拘りもないので、静かに見守ります(笑)。

西新天神に関しては、当方世代はすでに削除が定着のため
にしじんのちょう、てんじんのちょうに違和感があります。
これは、「ちょう」ではなく「の」の部分かもしれませんが。

やはり、呉服の影響力は大きかったと思うのですよ。
蔵本/祇園に比べて、大きく不自然さがあり、
その根拠が何かと聞かれると説明できませんが、
「問題なく全部の町を省略できるわけじゃないな」
という認識を、実務者にも持たせたのではないかと。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2017年03月05日 18:51
sorarameさんこんにちは。

平成10年の路線図には載ってますので、
すでに20年選手であるはずなのですが、
神屋町のバス停、個人的な感覚では新参者です。
高校入学くらいで福岡都市圏の全貌を把握した身としては、
それ以降にできたバス停はみんな新しいです(笑)。

位置が石城町と蔵本のちょうど中間でないあたり、
病院絡みであることを覗わせますよね。
これがもうひと世代新しくなって、
イトーピアとか木の葉モールのように、
広告販売と絡んだ意図的な名称が出てきての設置であれば、
大博町でも神屋町でもなく、原三信病院までだったのでしょう。
原土井病院がそうであるように笑。

でもここで、大博町と神屋町のうち、
神屋町の方がバス停も交差点名も採用されているのは、
全体名称である大博通りとの兼ね合いなのか、
それとも両町の力関係によるものなのか、
敢えて検証せずに妄想をふくらませるのが楽しいです。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2017年03月05日 19:26
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