地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録していましたが、当方都合により過去記事は非公開になりました。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと揺らいだこともありましたが、たぶんずっと「西鉄」の名前を消さずにいると思います。最終的に回帰するのは地元ってことでしょうか。でも子育てが終わったらどこかに移住したい気持ちもありますね。

2017年06月27日

西鉄多々良に西鉄の施設は無く

西鉄多々良に西鉄の施設は無く
防波堤に寄り添うよう立つバス停。


西鉄多々良に西鉄の施設は無く
西鉄多々良、土井団地方面と流通センター方面両方書いてある通り、
バス停はこちら側にしか立っていません。

西鉄大橋は西鉄の名店街があり、西鉄直方や西鉄大隈は営業所が存在する証。
西鉄をつけずに直方や大隈っていうと、別のバス停を指します。
西鉄平尾や西鉄二日市は国鉄駅との区別のためであり、ここは国鉄バス停との区別。

もともと国鉄バスは今と同じ経路で、
西鉄バスがこっちにしか路線がなかった時代があるのではと思います。
私が物心ついた時からこちらは西鉄多々良です。、
今の「多々良」は「国鉄多々良」でしたが、すでに西鉄バスも経由してました。

じゃあ江辻も別々の場所に西鉄とJR九州のバス停があるやんって思うのですが、
こちらは距離的なものか集落が連続していないせいか、
全く関与しない雰囲気でそれぞれに存在しています。


西鉄多々良に西鉄の施設は無く
反対側は、このコンビニ風肉屋いややっぱりヤマザキだからコンビニなのか辺りで待てばよいはずです。
待たなければいけない需要に関しては、当方は関知致しません。

この写真では何も伝えられませんが、コンビニって透明性が大事だと気付かされます。
肉屋として営業してそうな雰囲気は出しているのですが、窓は全部遮光されていますし、
中は全く見えませんし、営業中というような告知看板もありません。

怖いもの見たさで中に入ったら、いきなり正面に壁はあるし、
説明するのも面倒なので、あとは各自で入って確かめてみてください。

唐揚などの惣菜もあります。いくつか買いましたが、さすが肉屋という良い味でした。
怖い目に遭うことはありません。店の人は、一見さんには入りづらいという意識がないのかも。
地元の人で成り立っているので、逍遥の途中で立ち入る私のような客は求めていないという可能性も。


西鉄多々良に西鉄の施設は無く
あとは橋の適当なところに陣取りまして、
「はし」とか「かわ」って登録名称は絶対に濁音にならないよね、
でも正式というか正統は地元の人が呼んでる名前だからここは「たたらばし」でもいいよね、
なんてことを考えつつ、


西鉄多々良に西鉄の施設は無く
川沿いを走ってくるバスを、


西鉄多々良に西鉄の施設は無く
バスを、


西鉄多々良に西鉄の施設は無く
バスを待ちます。


西鉄多々良に西鉄の施設は無く
そしてバス停じゃないところで待ってると乗れないので、次のバスをバス停で待つのです。

いつにも増して「西鉄」と「バス」という単語が多いブログとなっております。






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Posted by ちょんびん at 06:06 │福岡茶
この記事へのコメント
まだ「国鉄多々良」だった頃に、ただ一度だけクルマを走らせて、「国鉄多々良」と「西鉄多々良」の違いを確かめに行ったことがあります。
「国鉄多々良」が幹線上のバス停なのに対して、「西鉄多々良」はその幹線から狭い道に入り込んだ川っぷちにある、いかにも枝線という窮屈なバス停でしたね。ここでは西鉄が劣勢だな、と感じたものです。
それもそのはず、県道上を直方へ走る国鉄バスの「駅」前にあるバス停が「国鉄多々良」だったわけです。
このバス停、国鉄が解体されJRになった時に、「JR多々良」とはならずに、「多々良」となりましたね。「国鉄二日市」や「国鉄久留米」が「JR二日市」、「JR久留米」に変わったのとは違う変化をしました。
なんだか、多々良については、西鉄の負け、と感じたものです。別の見方をすれば、国鉄バス、JRバスの停留所を「駅」とみなすことに違和感を感じ、同じ「バスという乗り物」だから、という理由で、「多々良」に合わせたのかもしれません。
国鉄バスの停留所は、以前から「多々良」ですが、もっと前はたしか、「多田羅」だったようなかすかな記憶があります。

「橋」について。
東京の京橋のたもとに昔の石の欄干の一部が残っていますが、そこに書いてあるのは、「きやうはし」。
濁音の点々を書かない、という昔のかなづかいに従っているのではないでしょうか。
Posted by Tokyo Chikushi at 2017年06月27日 14:08
「はし」について。
なるほど、発音がどうかは関係なく、
標記が濁点なし時代からの伝統ですか。
それは美しいですね。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2017年06月28日 14:44
「多々良」について。

真岡線の多田羅駅が1955年らしいので、
多田羅と多々良の置き換えがあったとすれば、そのへんでしょうか。
浜田や土井・原田に筑前が付いていますので、
当時にカブリがあれば、筑前多田羅だったのではないかと思います。

国鉄は元々、何も冠しませんよね。
JR藤森駅ができたときは、ちょっと驚きました。
国鉄多々良については、できたときは国鉄路線側と区分する必要があったものの、
JRに改変時点では、バス路線のメインはこちら、という位置づけが確定していて、
敢えて区分する必要を求めなかったのではないかと思います。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2017年06月28日 15:02