地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2018年02月24日

八幡製鉄所総合センター前


起業祭で製鉄所の見学に行き、バスをたくさん撮ってから外に出てきました。



奥に戸畑営業所があって、こちら側で始発となるバスも多く、回送も見られます。



高架下のバス停。



八幡製鉄所総合センター前。
戸畑区の端っこの方にありますので、「八幡」という地名だけのイメージとはかなり離れます。
ここが終点になるバスに乗る人たち、みんなどこに行くのか理解して乗ってんだろうかと心配です。

でもそれを言うなら、そもそもここがなぜ八幡製鉄所とだけ名乗り、
どこにも「戸畑うんぬん」の主張がないのかという話になるのですが、支障はないのでしょう。



戸畑営業所、そして路面電車時代に美しい三角州があった幸町。



何か必要になることが将来あるかもしれないという焦燥感みたいなものが、
私を路線図の撮影に駆り立てますが、あまりバス停にあったやつを懐かしく感じたことがないです。



時刻表は当初思ってたよりずっと大事ですね。
本数の加減、系統や経由地の変更、後から見たほうが価値を感じます。



あくまで個人の感想ですがそうやって啓蒙することで誰かが同じことをやってくれると、
一人力が二人力になってさらに意味を成してくるかもしれません。



でも懐かしく思うということは現状が維持されずに何かが失われた結果なのです。
そのうち小倉駅と砂津が今よりもっと結節点としての意味を高めて、
東西に直通するバスがさらに減るんじゃないのかなぁという印象があります。

戸畑から門司港まで直通で行けたんだー、ってのが昔話にならないといいなぁ。
昔は路面電車が直通してて、どこまでもどこまでも線路が続いていたような気がしたものです、
ていうのは典型的な昔話。

1985年、京都の祖母宅から帰る時だったでしょうか、門司港から戸畑までひととおり乗りました。
当時の文字終点は東本町よりちょっと先にあって、いま見ると桟橋通から900mしかないようですが、
始発から乗りたいと思って門司港の駅からかなり歩かされたように記憶しています。

当時中1なんですよねー。いま中高のマニアさんとご一緒する機会も多くて、
みんな若いのにしっかりしているし親御さんもよくひとりで遠くまでだすなーと思ってますが、
そういえば自分も、少なくとも小5からはひとりで京都に新幹線や飛行機で帰ってるわけで、
こちらが心配するよりずっと、自立ってのは可能なのかもしれませんね。






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Posted by ちょんびん at 06:06│Comments(0)北九州
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