地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2009年07月02日

二瀬川


篠栗町の山中の終着点「二瀬川」です。
「31」西公園、「310」都市高速経由西公園が出発していきます。



飯塚から八木山を越えてくる、日の浦口行もやってきます。
八木山越えが飯塚へのメインルートだった頃から考えると、寂しくなりましたが、
それでも周辺人口のわりにバスが来るほうかと思います。
ひとつ町側に南蔵院のある城戸も控えていて、利用客もあるのでしょうし、
八木山は飯塚市に所属するとはいえ、福岡方面への移動需要もあるのでしょう。



バス停のすぐそばに篠栗八十八ヶ所の81番札所。



城戸方。左にしょうけ越え方面へ道が分岐しています。



しょうけ越えと八木山越え両方の谷筋が合流して、両方に河原。
文字通り「ふたつの瀬」がある地形です。



山藤が咲いています。撮影してから記事にするまで時間が経っていることがバレますw
訪問したのは4月29日です。



飯塚行バス停。



バス停の脇に花が植えられています。こういうのが嬉しいですね。



二瀬川を過ぎると、飯塚側は本格的な峠道になり、
通り過ぎていったバスが真上を走っていきます、と想定しながら撮影しましたが、
バスがよく見えませんね、この写真w ガードレールの上にちょっと屋根だけ出ています。



二瀬川バス停からすこし登ると、「31」「310」の折返場があります。



「310」は茶色の地に白抜きで、旧201号線や天神ですれ違っても、
すぐ「310」だとわかるからいいですね。
同じことを黄色エリアでやると、何が何だかわからない、目にやさしくない幕になりそうですけどw



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Posted by ちょんびん at 00:02│Comments(15)福岡茶
この記事へのコメント
先日、日の浦口から飯塚まで乗車した際、八木山本村過ぎたあたりまでほぼ貸し切りでしたので、運転手さんと少し話をしましたが、ほとんど通しで乗る人はいないそうですよ。八木山から飯塚に行く人はそこそこいましたが。それでも本数はなかなかですよね。補助金入ってるんだろうな‥(筑豊の75とか68もそうですよね。)そしてホリデ〜アクトパスは初めて見たそうですよ。
Posted by ねぇね♪ at 2009年07月02日 19:30
こんにちは。
そうですか、運転手さんホリデーアクトパス初めてですか。
八木山は筑豊急行という代替路線があるので、
直方~赤間ほど利用者がいないのかもしれませんねぇ。

最近久留米の「55」や宗像の「1」などで、
乗降調査をしているのに乗り合わせました。
すこしでも乗客が多いという結果が残れば、
路線も存続し、アクトパスも継続発売、
なんてことを期待してるんですが。。。。
Posted by ちょんびん at 2009年07月03日 18:52
また書き込みします。
二瀬川は急行の田川行きによく乗っていたのでよく知っています。今でも変わりませんね。以前は天神バスセンターから快速飯塚行きが八木山峠のバス停に止まっていましたね。ひとつ不思議に思っていたのが、31番は今川営業所の管轄だったような気がします。朝の二瀬川発のバスはどこで待機していたんでしょうか?二瀬川で泊まりしてたんでしょうかねぇ。
Posted by m-teru at 2009年10月15日 00:20
「31」今川橋発着でしたねぇ。
天神の旧バスセンターに入線するために、
今川橋から篠栗方面だけが、赤坂門から南下して、
国体道路を警固→警固神社だけノンストップで走ってたのを、
眺めていたのが懐かしいです。

で、ご質問の件ですが。。。。。。。わかりません。
Posted by ちょんびん at 2009年10月16日 12:53
こんにちは。
亀レスですが・・・
二瀬川の住人です。

昔、31は今川と飯塚が担当していました。

今川の二瀬川発の初便は、早朝1日1本だけの「二瀬川急行」で
送り込んでいました。
もちろん一般路線車ですが、止まる所は筑豊急行より少なかったです。

その前に2便程あって、どちらも飯塚担当でこれらが泊まりでした。
かつて写真のトラックバンが置いてあるあたりに宿泊小屋があって、
81番札所の所の方が掃除などを委託されてました。
飯塚快速で福岡へ降りて、31を往復、飯塚快速で戻るような
運用。

今川が貸切車庫になり、日の浦の折返し場が篠栗車庫になった時に、
二瀬川泊まりはなくなりました。
Posted by たくたく at 2010年04月16日 22:38
たくたくさん、はじめまして。
さすが地元、詳しい情報ありがとうございます。

「二瀬川急行」、恥ずかしながらまったく記憶にありません。
私自身は現在も、どの路線がどこの営業所持ちかという、
担当区分にあまり関心がなく、よく間違いを犯します。
二瀬川の宿泊小屋も、見てみたかったです。
というか、おそらく横は何度も通ってるんですよね。
意識して見ないものだから、何も気づかないままに。惜しいです。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2010年04月16日 23:24
たくたくさん
書き込み読みました。嬉しい情報ありがとうございました。
Posted by m-teru at 2010年04月17日 00:04
ちょんびんさん m-teruさん

小屋は黒っぽい木造の建物が目立たないようにひっそりと
建っていたので、あまり気付かれなかったかもしれません。

飯塚は八木山越えがあるからか、三菱の程度のいい
車が入ってましたが、今川は二瀬川までなので、
市内路線落ちの結構テキトーな車が充てられることが多かったです。

その後篠栗担当になって都市高経由の「31C急行」なる
不人気路線ができましたが(飯塚、田川から廃車寸前の急行車が
かき集められました)、一度だけ31用の65代のスペースランナーが
代車できて、面白かったので天神まで乗りましたw

かつて八木山に西鉄の教習所があって、
晩方、大量の古い日野REの路線車が「ウーウー」
いいながら峠を登っていったりもしてました。

310ができたものの、快速もなくなり急行もバイパス経由になったうえ、
町の委託でコミュニティーバスが走るようになってきたので、
来年二瀬川~日の浦は廃止の予定になってしまいましたね。
Posted by たくたく at 2010年04月17日 13:17
たくたくさん、こんばんは。
「31C」、ありましたねぇ。
乗らないうちに消えてしまいましたが。

「310」は城戸南蔵院の需要を取り込んだな、
と思えた時期もあったんですが、
山王を過ぎて道が狭くなってから渋滞するのがよくないのか、
最近は参詣目的のお年寄りを見ることが減ったように思います。
観光路線としても活用できそうな区間だけに残念です。
今年も桜はきれいに咲いてましたし。
Posted by ちょんびん at 2010年04月17日 22:54
本題(?)からは逸れますが、
> 天神の旧バスセンターに入線するために、
> 今川橋から篠栗方面だけが、赤坂門から南下して、
> 国体道路を警固→警固神社だけノンストップで走ってたのを、
>
学生の頃に佐賀へ行くときに、天神バスセンターから高速バス等に乗って
いましたが、その旧.バスセンターに入線するバスがどこから来るのか気に
なって、バスのルートを逆進したことがあります。

警固神社東側の西鉄電車の高架下に、国体道路からバスセンターに潜る
進入路がありましたね。

そのもとを更に辿ると、赤坂門から南下して国体道路を東進することが判り、
唯一そのルートに乗車できるのが、確か「31」今川橋発でした。

高校の頃は、西新方面から当時の貫線(現.明治通)の赤坂門で乗換えて、
大学の頃は、国体道路から赤坂門に一旦北上して態々赤坂門で乗換えて
実際に「31」に乗ってました。

> 「31」今川橋発着でしたねぇ。
> 眺めていたのが懐かしいです。
>
その後は一時、赤坂に住んでいたので、もし貝塚方面の「26」に乗るのに、
「31」と同様に赤坂門で乗れれば便利だったんでしょうけど。
Posted by SoH at 2010年04月18日 00:13
二瀬川に宿泊小屋があったなんて気付きませんでした。写真のバスが止まっている辺りに簡易トイレがあったのだけ記憶しています。

旧バスセンターには入口が二つありましたね。14番の那の津方面行きは警固神社東入口からバスセンターに入っていくので一度だけ乗ったことがあります。懐かしい話ですね。
Posted by m-teru at 2010年04月18日 01:08
こういう過去記事が、ひとつのコメントのおかげで、
あらためて見ていただけるのは嬉しいですね。
たくたくさんに感謝です。

>SoHさん
当時の路線図には、ちゃんと警固町に迂回する「31」が記入されていて、
仕事の細かさがとても好感がもてます。
そして、わざわざ赤坂門まで乗りに行かれた気持ち、
非常によくわかります。いま走っていたとしたら、
何ヶ月かごとに必ず乗りたくなる路線だと思いますので。

天神や博多というバス集約地域では、
どこでバスを終点にして、どこで待機させるか、
昔から苦労しているのが伺えますね。
大名二丁目行きとか、渡辺通り一丁目行きとか、
「47」の渕上前経由祇園町行きとか、試行錯誤の繰り返しです。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2010年04月18日 01:32
>m-teruさん
西鉄電車の高架下の進入路は、懐かしいです。
私の地元を通る200番台は、天神行きでも通らないのに、
「14」だけは進入路を通って天神BCに行くので、
信号待ちが1回少なく、すこしだけ速かったんですよね。

私はそんなに拘ったことがなかったんですが、
金山団地在住の友人は、あそこを「14」で通るたび、
優越感に浸っていたそうです。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2010年04月18日 01:36
ちょんびんさんのお陰で、記憶が蘇りました。
六本松から旧.天神バスセンターに向ったときに、その進入路に思いがけず
自分が乗ったバスが潜って行って驚いたのを。

「30」が潜っていくのは高校ぐらいから知ってて、狙って乗りに行ってたので
すが、「30」じゃないバスに乗ってて、思いがけず進入路に潜った記憶があっ
たのです。

200番台は入らなかった筈だし、よく貝塚方面に行くときに乗っていた「26」か
「急行」に、そういう運行形態があったかと疑問に思っていたのですが。

今、記憶が蘇りました。態々、進入路に潜るバスに乗るため200番台のバスを
やり過ごして、六本松で「14」番に乗ろうと待っていたのを。
Posted by SoH at 2010年04月19日 23:52
>SoHさん
200番台は、国体道路を直進。
「12」は警固町で左折、
「13」は護国神社に沿って左折、
「14」は警固神社の先、バスセンターへの進入路を左折、
というような、10番台はどれも曲がるというイメージを持ってました。

でも、平地だったバスセンターの記憶は、かすかにしかありません。
薄暗い空気の悪い空間で、たまにバスを眺めてたはずなんですけど。
Posted by ちょんびん at 2010年04月20日 12:47
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