地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2010年01月15日

西分本分東分


神埼市(旧千代田町)の「西分」。詫田の西隣です。



みやき町(旧三根町)の「東分」。国道264号線は、すぐ東で筑後川にぶつかります。



東分のふたつ隣(西分側)には、「本分」。3つとも一路線に並んだバス停は珍しいです。
本分と西分はかなり離れているので、元が同じ所有者なのかはわかりませんが、
どれも土地の分割分配によってできた地名だと思われます。
JRでは埼玉県の浦和が「東浦和」「西浦和」など東西南北揃っていて、
ついでに「武蔵浦和」なんて駅もあります。西鉄バスではどうでしょう?
すぐに思い浮かぶものがないので、あらためて路線図を眺めて考えたいと思います。

地名に「分」がつく例としては、「地頭分」とか「惣領分」とかいうのもあります。
これは土地の所有者がそのまま地名として呼ばれてますね。
地頭が所有している分、惣領が相続する(した)分、ということです。
字名では、「分」がつかずに「地頭」とか「惣領」なんてのも珍しくないです。

地名の区分に何を付けるか、というのは地域性があって、
区分という単語自体が、「区」「分」という単位表記に使う漢字で成り立っています。
東京以外の各地では「市町村」区分なのに、
東京都だけは23の「区」があるのも地域性といえますね。

古代遺跡によってすっかりメジャーになった佐賀県の「吉野ヶ里」ですが、
この「ヶ里」ってのも、「~の土地(場所)」っていう接尾詞みたいなもんだと思います。
三田川から神埼のあたりには、そこかしこに「ヶ里」の地名があって、
西鉄の神埼駅通りの東隣は「駅ヶ里」、昭和の神前駅の北側は「平ヶ里」と、
バス停にも「ヶ里」がみられます。
吉野ヶ里駅の北側には「大曲(おおまがり)」という集落もあるので、
これももとは「おおま」という地名に「ヶ里」がついてたんじゃないかと推測してますが、
根拠のあるものではないので、違う可能性も大いにありますw

長崎県の長与から時津、大村のあたりは、地名に「○○郷」が多くありますし、
松浦市内には「○○免」という地名がいっぱいです。
佐賀県の伊万里や有田では、主要な地名を分割して呼ぶときに、
「東西南北」という方角をつけるのではなく「甲乙丙丁」の十干をつけます。
大河内町甲、大河内町丙のように町名にそのままつくときもあれば、
二里町中部甲、二里町中部乙のように、町名の下の地名をさらに分割する例もあります。

そういえば粕屋町には、「甲仲原」「乙仲原」がありますね。
現在でいえば、「仲原第一」「仲原第二」みたいなものでしょうか。
北九州だったら、「第一仲原」「第二仲原」になるのかもしれません。
「甲」「乙」を地名の前につけるのか、後にするのかも地域性がみられるはずです。

世界に目を向けると、って大風呂敷を広げすぎな書き方ですけど、
パキスタンやウズベキスタン、トルクメニスタンなどの「イスタン(-истон)」も、
「~の土地」っていう意味で、「ウズベク」「タジク」「トルクメン」と呼ばれる、
各民族の国であることを表現しています。考え方はタジキスタンも吉野ヶ里も一緒かと。
だからといって「イスタンブール」のイスタンがどうなのかは、よく知りません。

もともとは、どこに行こうかと地図を眺めていて気づいたのが発端なので、
系統的に学習したことはないのですが、きっと図書館で関連書籍を何冊か読むと、
面白いんだろうなあ、と思っています。でも思うばかりでなかなか実行せず今に至ります。



本分交差点のすぐそばに、看板屋の看板。
「看板つくります」の看板って、看板頼みたくなるような洒落たのに出会わないんですけど、
この看板は道を走っていても目を引きますし、好きなデザインです。

どんなに世界に目を向けたところで、日々の暮らしは小さなことからコツコツとw


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Posted by ちょんびん at 07:07│Comments(2)佐賀
この記事へのコメント
あっ今福岡青エリアの記事見てたんですが…金武バス停のせ~まい所ですが何回か離合しましたよ。別にこれと言った協定も無く行き当たりばったりでした…。ダイヤ上下った所で離合だったんですけどね。片方の運ちゃんが降りてバック誘導して人んちの塀の向こうにミラーを差し込んで…ギリギリ通す感じで…懐かしいですね。賀茂線は209時代でした!
Posted by 運転士です at 2010年01月15日 18:54
こちらも生の情報有難うございます。
規定ではなくいきあたりばったりなんですねぇ。。。
でも下った金武での離合ダイヤなら、
南金武の出発までで遅れなければ、離合の必要はないので、
あまり支障が出るものでもなかったのかも。
個人的には、バック誘導される「2」バス乗ってみたかったです。
北九州の「42」では一度遭遇したことがあるんですけど。

賀茂線は、いまは賀茂駅までになってしまい、
本数のわりに影の薄いものになった感があります。
藤崎始発が多いので、地下鉄で戻ってきた時は乗りたいのですが、
縁がなくて、狙わないとなかなか乗れません。
Posted by ちょんびん at 2010年01月15日 21:29
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