地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2010年02月21日

都府楼前駅


「都府楼前駅」。
太宰府市のコミュニティバス「まほろば」のターミナルになっています。
「まほろば」にLED表示のバスが導入され、
じきに方向幕がなくなってしまうかも、ということでの訪問です。

まほろば幕の拙い写真はこちら



甘木方面へのバス停を降りると、横には国道3号線の高架。
その下をくぐるように右へ曲がると、さっそくまほろば号に出会います。



踏切の脇が西鉄電車の都府楼前駅です。
対面式ホームにそれぞれ改札が設置されている方式で、
ホーム相互の移動はできません。こちらは二日市方面の改札です。
前にはバス停のようなものが立っていますが、文化ふれあい館の案内標識でした。



駅から高架下の自転車置き場を抜けたところに、博多方向のバス停があります。
甘木から博多方面に向かう人が、二日市で乗り換えてJRに流れるのを取り込むべく、
「400」が登場したわけですが、君畑やここ都府楼あたりも恩恵を受けています。
「40」が永岡を経由しなくなってかなり長い時間が経つように感じるのですが、
「400」車内の路線図には、まだ筑紫駅方向の線も残されているものがあります。
ちゃんと紙が貼られて隠されているものもあります。

ここは3号線の側道?のような道路と、高架道路の間を旧3号線が交差して走っていて、
西鉄電車も含めた立体的な構造が面白い場所です。
今回写真には収められなかったんですが、1時間半ほどの滞在中に、
旧3号線を西鉄の赤バスが走る姿を、2回(1往復)見かけました。
どこからどこへの回送なんでしょうか。



旧3号線をくぐって南に抜けると、西鉄電車のホームが間近に見られます。



さらに先に進むと交差点があり、右折したところが「まほろば」の待機場です。



歩道橋があるので例によって登りますと、ちょっと違ったアングルでバスを眺められます。
そして、「まほろば」車体の短さを実感できます。



駅前から回送されてくるバスだけでなく、「400」も走ります。



まほろばが発着する駅前ロータリー。毎時1本ずつ来る系統が多いので、
西鉄電車との接続も覚えやすくてよさそうです。
1回100円と格安なのに、さらに300円の1日乗車券もあり、
あまり予算が取れないときに、まる1日楽しめる場所です。
でもホリデーアクトパスができてからは、ごぶさたしております。


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Posted by ちょんびん at 07:17│Comments(4)二日市
この記事へのコメント
こんにちは!

まぼろば号、ずいぶん定着しましたよね(^_^)

ここも、やはりLED化が進んでいるんですね…高齢者の利用が多いであろう、このバスに、果たして、それはどうかなと思ってしまいます
悪くなってしまった視力で、果たして行き先を認識できるのか…

ここに限らず、従来からの幕による表示の方が、利用者にとってもよいのではないかと思っています(;´д`)
特に、ここはカラー化されてますし、尚更そう思います
Posted by あかずきんくん at 2010年02月21日 14:41
こんにちは。
まほろば号はコミュニティバスの成功例ですねぇ。

私は乱視持ちなので、LEDはとても見づらいのですが、
まほろばのように循環する系統が多い場合、
行き先表示を頻繁に変更して、どこに行くか明確にするのは、
利用者サービスとしてよいのかもしれません。

警察がカラー表示を許可してくれれば、
もっと華やかなバスが走れるんでしょうね。
Posted by ちょんびん at 2010年02月22日 13:07
都府楼前。

道路が、後から後から重層されていく、それに鉄道も絡む、そういう変遷を観察するには、おもしろい所ですね。その変化にともなって道路の主役も変わっていく。旧3号線は、高架とは言っても、盛土による立体交差ですから時代を感じます。
今の3号線が完成する前、まだ南バイパスと称していた時期には、「今の3号線の側道」だけが開通している時期があって、まだまだ旧3号線のほうが主役だったように思います。
その頃に、400番の前身のような、(たしか番号のない)甘木方面から朝倉街道に寄って(復乗して)、南バイパスを通り、空港にも寄って、博多駅・天神へと進む実験的な路線が登場しました。空港に行くのに重宝させていただきましたが、ほどなく廃止されてしまいました。空白の時期を経て、400番として復活した感じですね。
ただし、朝倉街道復乗、空港に寄る、天神まで、という欲張りを反省したことにより定着したのでしょう、きっと。

都府楼前の電車の駅は、元々、下り側だけに改札口があり、上り側へは、改札内踏切を渡る構造でした。今の都府楼前駅のように、上りか下りかしっかり見極めてから改札を通らないといけない構造の駅というのは、西鉄の他の駅にはないのではないでしょうか??
昔は、都府楼前駅の最寄のバス停は、関屋。駅から旧3号線に歩いて出るまでの道は蛙の鳴く田んぼだけ。共働タクシーの車庫だけはある。そして川を渡って旧3号線に出る少し前に並行して走る狭い道こそが旧3号線よりもさらに古い街道なのです。

都府楼前には、昔祖父が住んでいて、記憶が甦るのです。
現3号線の高架完成と、旧バスの路線の順序など、記憶違いがあるかもしれません。
Posted by Tokyo Chikushi at 2015年06月21日 02:37
水城の門があることからもわかる通り、
警固断層の低地がここを貫いていますから、
南北に往こうとすると、どうしてもこの辺を通らざるを得ないのです。

京阪間の、天王山にも似た交通の集中があって、
限られた土地をどう活かすか検討された結果、
重層構造になるのは必然なのだと思います。

都府楼の駅は、下り側だけの改札、今も名残がありますね。
ロータリーもあって駅前の雰囲気がある下り側と、
改札を出たら歩道に放り出される上り側、対照的です。

旧街道は、苅萱の関跡から水城方面まで、
住宅は建ち並んでも、何か風格があるように感じます。
人間が水を制御することを考える前にできた道は、
土地の高低に逆らわない工夫がされていて、
歩いて旧い道だとなんとなくわかる気がします。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2015年06月22日 19:14
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