地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2010年04月07日

野町

「野」は、家が建ち並ぶこともなく、すなわち町ではないわけです。
もともと野だったところ、もしくは野の一角に集落ができると、そこが野村になります。
最近できたばかりの集落は「今」と呼ばれ、そこは今村です。

ですから野村と野町、どちらが一般的かといえば野村。
今村と今町も、おそらく全国的に今村のほうが多いのではないでしょうか。
中村と中町は、少なくとも人名では圧倒的に中村が多そうです。
でも集落の中心部ですから、中町ってのもどこにでも存在しうるのですが。

大村と大町はどちらも地名としてよくありますので慣れていますが、
大村市とか大町市とか、よく考えると妙な気もします。
佐賀県には大町町大町なんて地名もありますけどね。
友人が鹿児島県の志布志市志布志町志布志に住んでいるのですが、
最近市制を施行したので、その時に地名表記どうにかならなかったのかな、と思います。

と、ここまでほとんど憶測だけで話を引っ張って、いまさら原点に戻るのですが、
村<町という大きさの基準は、昔から不変のものなのでしょうか。
同じように住宅密集地ではない「原」は、
原町はあるのに、原村はあまり聞かない気もしますし。



と、筑後市の「野町」に来ても、そんなこといちいち気にしてられません。
ここは国道209号線上、羽犬塚駅と船小屋の間にあります。
西鉄久留米駅のところで国道3号線とも接続しているのですが、
(接続点が西鉄久留米駅近くであることは、最近コメントで教えていただきました)
高田までの距離が表示されているということは、208号線側が起点なのでしょうか。




ラドン温泉がちょっと気になります。
それ以外にはとりたてて目を引くものはない場所です。
ツマの実家から近いので、よく通るため、見慣れてしまっただけかもしれません。


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Posted by ちょんびん at 07:07│Comments(2)久留米
この記事へのコメント
志布志市志布志町志布志二丁目1番1号志布志市役所志布志支所なんていう、とんでもない宛名の郵便物も多数あるんでしょうね♪

町と村の定義について、非常に興味深く読ませていただきました。

確かに原村というものを滅多に見つけられないのは気になります。ちょっと考えてみたのですが、原村というのは基本的に、中原村や、大原村、新田原村のように、原に対する装飾語??が付いて、地域として独立していることが多いのに対し、原町は小倉や門司といった大きな街の中で小規模な原っぱがひろがってる場合に、「木町」や「鋳物師町」、「田町」のような、町割のひとつとして称されているパターンが多いのかな、などと思ったのですが、だんだん自分でも何を考えているのか分からなくなってまいりました♪

「村<町という大きさの基準は、昔から不変のものなのでしょうか」の部分、私は、江戸時代辺りでは、村>町だったのではないか?と勝手に推測しています。というのも原町の見解で書いたとおり、村はある一定量の集落を統括する組織であるのに対して、町は城を中心とした大きな集合体に統括された、小さな町割りであったと思うからです。

このブログ、野町の記事から、地名そのものの考察に展開するあたり、非常におもしろいです♪

長々と訳の分からないことを失礼しました~。
Posted by ハンズマン at 2010年04月07日 23:08
ハンズマンさん、こんにちは。

町と村の関係、というか地名の付きかたについては、
いろいろと妄想していることがあるのですが、
体系立ったものではないので、すぐ脱線しますし、
思いを綴るとひたすら長くなります。

志布志に脱線したのは完全にやりすぎですw
記事を書いているときには、橋本橋から野方にも脱線してました。
野間の次に野町を掲載しているのも、実はその名残ですw

現在の行政区分としての町と村は、
人口規模などで比較的明確に分けられますが、
集落が自然発生的な名前で呼ばれていたころは、
町と村は観念的で恣意的な区別だったように感じます。

村の方が本来小さいなら、
大きな村は大村ではなく新町でもいいわけです。
じゃぁ中村は、中くらいの大きさ?
町の中心部としては、筑後地域では中町と呼ばれることが多く、
中村が中心部のような感じの名前なのに、僻地が多いのは、
集落と集落の中間地点、すなわち「間(はざま)」も
中村と呼ばれているからのように感じます。

すべて妄想ですので、
http://www.lib.pref.fukuoka.jp/hp/reference/kyoudo/k04chimei.htm
ちゃんと調べたくなったら、
図書館でこのあたりを読みますw
Posted by ちょんびん at 2010年04月08日 12:07
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