地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2010年07月28日

学校前


志波って、旧杷木町に属してましたが、
杷木とは一線を画する感じで、志波柿というブランドを持ってたり、
ひとつ独立した雰囲気を持ってました。

ここを走るバス路線も、もとは地元の奇特なお金持ちさんが、
運転免許と車両を手に入れて走らせていたものを、
戦時中の経営統合によって西鉄に編入させれて、
それが何だかんだと紆余曲折を経ながら平成まで生き延びていたもので、
西鉄らしくない山間路線として、趣き深いものでした。



昔の町って、自動車のような高速媒体によって一直線に進むことを考えてないので、
櫓やら神社仏閣やら庄家やらでメイン通りがよくつきあたりますよね。
で、バス路線もクランク上になっているのが、
ハイライトになったり、ボトルネックになったりするわけです。
西鉄グランドホテルとか、天神橋口とか、現代の都市整備感覚でいると、
なんでこんなに道路がずれてるんだ!って思ってしまいますもんね。



で、住宅が密集しているところではなかなか道路拡幅もままならないのに、
民家が途切れると土地収用が簡単になるので、
人が多く集まる繁華街を外れると、急に道路が高規格になる風景、日本中で見られます。

日本の開発手法として、難しいところに先に予算をつけておくという搦手のやり方があります
一番採算性に疑問符がつくところをごり押しでも整備してしまえば、
あとから利用者が見込めそうなところは、予算をつけざるを得なくなるという手法です。
九州新幹線が八代~鹿児島間から先に整備されたのも、この考え方によります。



で、バスが快適に走れるような立派な道路ができるとともに、
バス路線はお払い箱になるわけです。
誰のために道路を整備したのか、それぞれの方の思いはあるのでしょうが、
バスのためでないことだけは確かです。

ということで、黒川~志波間、やっと全掲載することができました。
消えてしまうときは惜しくても、いつか悲しみが癒える日も来ます。
立ち止まってはいられないのです。同じように消えていくものがたくさんあり、
ひとつでも多く、記憶に残しておきたいと思う以上は。

とまぁ、そんなたいそうなものではないにせよ、
20年以上の付き合いがあった黒川線、あらためて、長い間お疲れ様、と思います。

黒川
宮園
黒松

道目木
生津
農協前
学校前
志波上町


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Posted by ちょんびん at 00:02│Comments(0)久留米
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