地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2010年05月26日

千丈橋


川があって、



こちら側にはガードレールしかないのに、



もとはここに橋が架かっていた名残で、
案内看板があります。
これを見る限り、つきあたりで道路は左右に展開していたようで、
線形が悪いので、松原ダム方面に直進できるよう、架け替えられたのだと思います。



でも、もとは橋の袂だった建物に、バス停はそのまま残り、



本線から外れたので、車の通りも少なく、道も広げられることなく、



乗合自動車待合所の看板は、
「杖立鯛生方面」の文字は右から書いてありますし、
事業社名は、「石井自動車商会」と日田バスの前身です。
ちなみに石井自動車とほか2社が合併して、日田バスができたのは1936年。
昭和11年より前から、この看板ずっとこのままなんでしょうか。
そしたら、文化財として保存できるレベルなんじゃないかと思うんです。


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Posted by ちょんびん at 17:17│Comments(4)日田バス
この記事へのコメント
こんばんは!

すごいものが残ってたんですね!(^o^;)
これは、かなり貴重ですよ…日田バスは、なにか考えてないのでしょうかねぇ?(;^_^A
Posted by あかずきんくん at 2010年05月26日 20:38
あかずきんくん、こんばんは。

看板がそのままってことはですね、
建物もその当時からそのままなんじゃないかと。

日田バスの一連の記事は、
リンクの「ジマオ」さんに触発されて、
ご本人に指導をいただきながら回ったものなんですが、
バス停に対する新しい観点を与えていただいた感覚です。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2010年05月26日 20:56
どうもこんばんは。

この付近は墓参りに行き帰りする時によくバスで通ります。ちなみにご存じだと思いますけど、日田―前津江線のみ通ります(日祝日運休)、杖立・松原ダム線は川の向こう側です。
自転車で一度通った事がありますが、この周辺って国道側と比べてのどかですよねぇ。
でも改めて思ったのですが、この付近のバス停ってどうして家の軒下などにあるのでしょう。自分が知る限り福岡や北九州ではなかなかお目にかかれない、というかないですよね。

今夜はこの辺で失礼します。

あ、ちなみに自転車はJR日田駅の観光協会の「レンタサイクル」で借りたものです。
Posted by M:I at 2010年05月27日 01:03
M:Iさん、こんにちは。
こうやって昔の物が残るくらいですから、長閑ですね。
家の軒下にバス停が残っているのも、
大分県の交通インフラ整備に対する考え方の表れかもしれません。
ここ千丈橋でも、交通看板も放置ですし。

事業者が行政や地域の許可を受けてバスを走らせるのではなく、
地域が主体となって集落の中心にバス停を設置して維持し、
それを繋ぐ形でバスを走らせているようにも感じられますし。
ですので、バス停の扱いにおいて、場所ごとに格差が大きくなるのでは。
Posted by ちょんびん at 2010年05月27日 18:58
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