地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2010年05月18日

大野城サティに「41」

どうもカテゴリーが福岡紺じゃないかと思ってしまうのは、
昭和50年代の路線図、雑餉隈周りの「40」や「45」の線が、
紺色で描かれていた時代からの洗脳によります。
まだ「7」が野方から姪浜天神博多駅を通って、
雑餉隈まで来ていた頃の話です。こちらは赤線でしたw



「41」の山田からサティまでの区間が、ひさびさに復活です。
って、もう5月も後半なんで、かなり時代に乗り遅れておりますが。
最近は、西鉄以外のバスに重点を置くことも多いもので。



サティ駐車場の屋上は、バスを眺めるのにちょうどよい場所です。
西新のドンキの上も、城南線を正面に見ることができてよいです。
○○と煙は高いところにのぼりたがると申しますし。


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Posted by ちょんびん at 17:17│Comments(10)福岡緑
この記事へのコメント
こんにちは。

サティに[41]が乗り入れ始めてけっこう経過しますね。(21)に[41]、これにもし(1)が乗り入れたなら、番号が20ずつ離れるという独特な感じがします。(1)も(21)も[41]も路線の意味合いが全く異なるものなので、その分 各方面からの乗り入れを意味するものかもしれません。
…という意味で、現状(2)(42)[62]が乗り入れる博多南駅に(22)が乗り入れないかなあなどと、不可能と分かっていながら勝手に妄想しています。あ、そういえば[62]は[62-1]に逃げられたんでした(涙)。
Posted by Kassy at 2010年05月19日 05:36
7って雑餉までいっていたんですか??
知らなかったです。
野方から、雑餉隈営業所行きの方向幕や路線図があったんですね。
見たかったです。
Posted by 髭眼鏡 at 2010年05月19日 10:35
Kassyさん、こんにちは。

>(1)が乗り入れたなら、番号が20ずつ離れるという独特な感じ
なるほど、Kassyさんの視点には、いつも新鮮な驚きを与えられます。
大野城サティがサティではなく西鉄系列の大規模SCだったら、
乗り入れてるかもしれませんよね。
春日原駅北側の踏切を、線路沿いから右には曲がれませんので、
井尻駅のような転回場ができたりしてw

(22)も、九州新幹線が博多南から鹿児島方面に行けるなら、
二日市や太宰府エリアからの乗換需要も見込めそうです。
そう考えるとバス路線って、乗客の多寡が、
ちょっとした外的要因で大きく変動するのだろうなぁと感じます。
Posted by ちょんびん at 2010年05月19日 13:41
髭眼鏡さん。

すいません、あまり信用しないでくださいw
あらためて驚いていただくと、自信がなくなってきまして、
確認しようとしたんですが、連休中に書いた記事なんで、
雑餉隈って何を参照したのか忘れました。

リアルタイムで、方向幕やバスを見ていたわけではないです。
まだ幼稚園か、小学校の低学年だったころの路線図で、
板付までは間違いなく「7」が行ってまして、
その赤線がさらに南に伸びていたような。。。
55年の路線図を確認してみましたが、「7」は板付止まりで、
しかも赤線ではありませんでした。
Posted by ちょんびん at 2010年05月19日 13:48
おお~!
あそこに見えるのは

まっ、まっ、『まどか』ちゃん!

じゃありませんか!

しかも左に見えるのはまどか号乗務員待機室。
懐かしいです!!
まどかちゃん2年ぐらい運転してたので(T_T)
Posted by カミチィ at 2010年05月20日 23:08
>カミチィさん

そっか、まどかちゃんにも乗られてたんですね。
私がカミチィさんのブログを読みだしたのは、
吉塚に異動された頃からなんで、
その前は意識してなかったんですが、
もしかしたら下大利界隈で出会ってたのかもしれませんね。

まどか、車両を中心に撮ったので、
待機室は切れてしまってますね、すいません。
Posted by ちょんびん at 2010年05月21日 18:09
そういえば、昔の路線図は今の色分けと違ってたなと思い出し、古い資料を引っ張り出してみたら54年のが赤線で「7」番が雑餉隈営業所まで行っていました。しかも板付経由と金隈経由がありました。ただし、野方方面からは、天神、博多駅行き、雑餉隈行きは天神、博多駅発で直通はせず2系統に分割されていたのが、路線図の下の番号別の始発、経由地、終点の書いてある表で判ります。これ以前は直通していた時代が有ったのかは、資料もないし地元でもないので判りません。今の「15」番のように直通していたのが分割されたのかも。この頃は同じ番号で別系統というのは他にもあり「50」番が天神から平尾経由と堅粕経由で雑餉隈方面に行ってます。一周路線だったのでしょうか。雑餉隈から宇美営業所に行く路線も(今の11番)もこの続きで同じ「50」になっていますが、どちらからか直通していたのか、さらに別だったのか判りません。確かもう一つくらい有ったのですが、今手元に無い状態で書いてますので・・・・
次に持っていたのは56年のですが「41」と「43」に改番されていました。ちょんびんさんの55年のと合わせると、毎年改変されたことになりますね。
Posted by 青葉台神宮駅 at 2010年05月26日 19:29
青葉台神宮駅さん、ありがとうございます。
54年のを参照してたんですね。「7」の雑餉隈の赤線は。
って自分で書いたんですけど、
いろんなところに資料置いたりしてるもんで、恥ずかしながら。

「50」はもと循環系統です。こちらは自信あります。
「50」は雑餉隈から、「60」は桧原からの循環路線でした。
今は存在しない、野間から高宮通りを南へ直進する経路でした。
でもいつ循環でなくなったか、いつ廃止になったか、
時期は自信ありません、すいません。

で、「50」の黄土色が宇美まで延びているのも覚えています。
乙金までの区間便も表記されていたと思います。
これがどちらかからの直行便だったのかどうか。。。
気にしたことがなかったです。こちらもすいません。
Posted by ちょんびん at 2010年05月26日 20:39
地元民として、サティまでいけるので便利になりました~
Posted by saori at 2010年07月04日 14:16
ここのところ、ショッピングモールまでの新路線が流行です。
板付からだと、東平尾を越えてルクルなんてのも、
そのうちできるかもしれませんよ(妄想)

距離がそれほど変わらなければ、
直通で行けるほうが楽なのは間違いないですし、
バスの行先として表示される告知効果も見込めるので、
この流れは当分続くんじゃないかと思います。
よっぽど客が少なければ、「420」と同じ運命を辿りますがw
Posted by ちょんびんちょんびん at 2010年07月04日 23:14
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