地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2010年08月03日

岩奥


狭い三叉路の真ん中に車庫がある、終点の「岩奥」です。
河合場まではそれなりに川に沿って民家があり、
そこから山道が急峻になって、岩奥だけが離れた集落なのですが、
住民の数はかなり多そうです。家が密集しています。
河合場までの区間便があることも、岩奥まで登ってくることも、
それぞれに妥当性を感じます。

道は三方向どれも山間の細道で、
車庫に入るのに前を通り過ぎてからゆっくりと後進します。
今回乗ったのはリエッセでしたが、
中型のバスがここに納まる姿は、なかなか壮観でしょう。



バスはここまでですが、この先はさらに山道の蛇行が激しくなり、
見上げるような斜面を、道路はさらに上っていきます。
なんたってこの先は、日本でも有数の秘境「五家荘」ですから。



バス停の時刻表はすでに機能しておらず、
車庫内に貼られているものが最新になっています。
八代までの産交バスを補完するようなダイヤで、
振興センター、すなわち以前の泉村役場までバスが走ってきています。
10月からは、この類いのものが種山までを繋ぐようになり、
ここに産交のバスが来るのも見られなくなるのかと思うと、本当に残念です。

人々の暮らしはそんなに大きく変わるわけでもないでしょうから、
何が残念なのかをうまく言い表すことはできないのですけれど、
ちゃんとした路線バスが走ってくる集落と、
コミュニティバスが平日に通るだけの集落では、
なんとなく後者のほうが寂れてしまうような気にさせられるのです。

国鉄の廃止論議が白熱していた昭和50年代の末、
私はまだ小学生でしたので、当時の社会情勢の記憶はありませんが、
鉄道がわが町から消えるかも、という人々惜別の思いは、
今のバスが消えていくときに感じるものより、
ずっと強かったのではないでしょうか。



と、よそ者が勝手にそんな想いにふけっている中、
小雨が降り続き、近くの商店奥では喪事が行われていました。


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Posted by ちょんびん at 16:16│Comments(0)産交バス
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