地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2010年09月23日

日田地


1日1本だった、日田地行き。
最後に中型の幕に出会えたのも何かの縁でしょう。
昼に坂本病院前で撮ったバスが、
川原谷から折り返してきたのを坂本橋で待ちうけ、
次にこの日田地行きに乗ろうとしたらまた同じバスでした。



日田地に到着、山間の集落です。



バス停は川端にあって、古い建物の前にはベンチがひとつ。



男性の方は誰かわかりません。ご存知の方ご指導ください。
女性は美のサイボーグ、由美かおるさんではないかと思います。
こういう看板が貼られているところ、
ここがバス停として人の集まる場所だったことが感じられます。



坂を少し上ったら、左側にトンネルがあります。
複雑な谷筋地形なのがわかります。
右に行くと鮎帰小、の表示はよくわかりますが、
トンネルを抜ける方向にある日光って何でしょう。



現在は、川の流れもゆるやかで、鮎が帰るほどの急峻さは感じませんが、
橋の下あたりの岩や、えぐれた川べりを見ると、
水の流れがいつも人間に優しいわけではないのだろうなぁ、と思います。
橋を渡って、民家の脇の階段を登ると、



鮎帰小学校のグラウンドがあります。
平成15年3月閉校で、当時の在校生全員の手形が飾られています。
その後も集会場などに利用されているのか、
建物は朽ちる雰囲気もなく、正面の時計も正確に時を刻んでしました。



グラウンドの端から川向こうを眺めると、バスの待機場が見えました。



学校と川面にはかなりの高低差があることが、
間の細道を歩くと強く感じられます。



で、折り返しのバスで八代に戻ろうとすると、
先ほどの看板横に、「バスきっぷうりば」という標示が!
そう思って見ると、窓口らしきものが残っています。
ここに坂本や八代へ出る人が集まり、きっぷを買っていたんですね。
路線が廃止になると、そんな歴史も途絶えてしまうようで、寂しいことです。



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Posted by ちょんびん at 17:17│Comments(4)産交バス
この記事へのコメント
あら~ 鮎帰までいかれたんですね。
日光 とかいて にちこう とよみます。地名ですよ!
坂本町には まだまだ なんじゃ~という地名がありますよ!
Posted by ひろごん at 2010年09月23日 18:48
こちらにもコメントを…

アースの看板、それ、水原弘さんですね!…懐かしい看板ですo(^o^)o
いまや、ホーロー看板自体珍しくなりましたから、貴重ですよね!
ちなみに、女性のほうは由美かおるさんで正解です(^o^;)

あ、アースのホーロー看板、有楽町の高架下の飲み屋にもあったような…(;^_^A
Posted by あかずきんくん at 2010年09月23日 18:57
>ひろごんさん

坂本にお住まいでしたか。
認識してませんでした。すいません。

日光、地名なんですか。
そうわかってしまえば、なんで思いつかなかったのかと感じますが、
鮎帰小学校と一緒に見たので、
何か宗教的な施設かなんて、的外れな推測をしていました。
Posted by ちょんびん at 2010年09月23日 21:37
>あかずきんくん

ありがとうございます。水原弘さん、検索してみたところ、
ホーロー看板の画像がいっぱい出てきました。

でも日田地では、その横のきっぶうりば窓口跡に、
ぜひ注目してもらいたいと思います。いい味を出してます。
Posted by ちょんびん at 2010年09月23日 21:41
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