地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2010年10月19日

御手洗


「31」に乗っていて、そういえばここも珍名なのかなぁ、と思いつき、
吉田で降りて歩いてきた「御手洗」。みたらいと読みます。

トイレのことを御手洗いということ自体が昔より少なくなっている気がしますし、
現状はこの名前だからといってトイレを想起するのも難しいような。
化粧室、洗面所、御不浄、厠、憚り、便所の呼び方もいろいろありますが、
外来語由来のトイレが、現状いちばん頻用されているように感じます。



私が小学生のころは、吉塚から今の柚須駅のところで分岐して、
炭焼まで勝田線という国鉄の路線が延びてまして、
うちから気軽に行けるローカル線として、週末に遊びに行ってました。
天神からバスで筑前勝田や上亀山まで行って、御手洗や吉塚で降りて、
またバスに乗って帰っても、5~600円だったと思います。小人半額ですし。

上亀山駅や下宇美駅から乗ると、無人駅なので、
車掌さんが車内で手書き複写式の切符を売ってくれて、
それを回収されないように、よく御手洗で降りたもんです。
と、御手洗駅の思い出はあるのですが、御手洗バス停の思い出は虚ろです。

というのも、駅跡はこのゴルフ練習場や運送会社の方向、
かなり東側にあって、駅の最寄りバス停も御手洗ではなく吉田だと思います。
そのため、御手洗で降りて帰る時は、いつも吉田からバスに乗ってました。
当時は「31」のルートが国道201号線で、飯塚と福岡を結ぶ大幹線であり、
バスの本数も今よりずっと充実していたから、というのもありまして。



鉄道が廃止になってからも、吉塚~郷口町を経て、
ほぼ勝田線と同じコースで「35」が走ってましたが、
こちらも廃止になりました。
バス路線ですら維持できないような需要しかなかったのなら、
鉄道が存続するなんて夢のまた夢だったのかなぁ。

宇美町・志免町とも福岡市のベッドタウンとして人口は多いですし、
複線電化でもして列車が頻繁に走るようになれば、
筑肥線の姪浜~前原のように化けることも考えられたのでは。
ただ、志免町は水事情が逼迫していて、あまり住民が増えるのをよしとしない、
なんてことを耳にした時期もあり、整備すれば発展の可能性は分かっていて、
敢えて大きな変化を見送ったのかもしれません。

手許に残った数枚の車内補充切符を見ながら、そんなこと思います。


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Posted by ちょんびん at 07:07│Comments(0)福岡茶
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