地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2011年04月11日

江見特急


4月改正で役目を終えた、江見特急、廃止のお知らせ。



西鉄久留米6番乗り場の時刻表。
どの方向も、天神からの西鉄特急との接続が基本線なので、
時刻には偏りがあるかわりに、わかりやすいです。



朝イチだけの、特急車両での一般路線運用。



この車両が、「45」の一般路線区間を走っている姿が撮りたくて、
先回りし、到着したのが「江見」です。
実際に撮ったのは東大島団地中野の区間ですが、
ここから折り返し便に乗ると、ちょうど時間的によくて。



なんかこう、特急に関連するものだけでなく、
バス停全体の設備がほったらかしな感じが見えます。
今回はなんとか存続した「45」も、油断はできない雰囲気です。
私の最寄バス停、「原八丁目」のある「2-9」も、
とりあえず6月まで様子を見てから再検討、という話ですので。


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Posted by ちょんびん at 17:57│Comments(6)佐賀
この記事へのコメント
こんばんは。とうとう久留米地区の西鉄の優等種別が無くなりましたね。私が思うに、佐賀方面は目達原・寄人橋、吉井方面は常持から朝夕に快速・急行を運行できるのではないかと考えることがあります。どちらも時短できるバイパス道路があるからです。実際これまで快速・急行が停車していたバス停は、今でもそこそこ乗降がありますし、これからもそう増減はしないと思うんです。快速・急行は距離が長い路線だけ…という規定があるのかもしれませんが、今やその考え自体がナンセンスですし(笑)コミバスと連動させれば快速・急行は絶対重宝だと思うのですが…。例えば長門石発の快速があったと仮定して、途中は長門石農協前と六ツ門のみでJR久留米には停車しないとしたら、時間的には五分近く短縮できるのではないでしょうか。少々浅はかかもしれませんが…f(^ー^;
Posted by 暇工作 at 2011年04月11日 23:47
 どうもこんばんは。
 この路線も「飯塚特急」と同じように記憶に刻むため廃止直前に乗りました。(ついでにバスからの車窓も撮影しましたが) 久留米と佐賀を直接結ぶ便としては便利と思うんですけども、やはり利用「1DAYパス」が使えないや「グランドパス」が半額じゃないと使えない等、色々問題があったんでしょうか。
 いっそのこと「特急」から「急行」にして利便性をあげれば廃止にまではならなかったのではと佐賀駅から神埼経由で久留米まで行った時におもったのですが・・・。(ちょうど乗車したバスに佐賀駅から久留米駅まで利用する年配の方が多かったので)
 今夜はこの辺で失礼します。
Posted by M:I at 2011年04月12日 00:13
>暇工作さん、こんばんは。

久留米の優等種別も、日田バスの急行だけになりましたね。
大牟田や杷木、山鹿に直通があった時代が懐かしいです。
それほど縁があったわけではないのですが。

快速・急行は、気分的な速達感が大事だと思います。
福岡の都市高速路線の場合、「310」や「502」なんかは、
下道と比べてそれほど時間短縮にはならないのですが、
信号や乗降で停まる回数が少ないと、それだけで快適になります。

長門石や常持の方々が、そういう快適さを感じ取って、
別の手段からバスに乗り換えてくれる期待があればいいんですが。
私は平日の利用状況がまったくわかりませんので、
これ以上の想定はできないです。
Posted by ちょんびん at 2011年04月12日 19:33
>M:Iさん、こんばんは。
グランドパス利用者の動向は、大きく関与すると思います。
こないだ筑豊「75」「69」に乗りましたが、
1時間に1本程度の路線ながら、年配の客は殆どグランドパス。
きっと、飯塚~坂の下の利用者は、
特急種別であることを恨めしく思っているに違いありません。

そこで久留米「45」路線を1時間に2本にして、
増加するであろうグランドパスの利用者数がもっと期待できれば、
急行として残してもらえたんでしょうけど。
そんな積極的試行は、してもらえなさそうです。
Posted by ちょんびん at 2011年04月12日 19:42
こんにちは。江見特急最終便に乗って来ました。本日限りで廃止される旨のアナウンスもありました。やはり乗客は少なかったです。この路線は開設当初は六ツ門~片田江ノンストップでした。都市間連絡として期待されたのでしょうが、直通需要だけでは維持できないためか途中停車するようになってきました。祖母の家に行く時には、45番一般路線しか乗れず見てるだけでした。それでも当時は45番一般路線も本数がかなり多くて不自由はなかったですね。初めて乗れたのは大学卒業前に戸籍抄本を取りに町役場のあった江見まで乗った時です。その頃は廃止前よりも途中停車バス停は少なかったですね。一般路線の本数が激減して、途中停車バス停も増えた事もあり一般路線替わりに利用する人も少なからずありました。母もバスでその辺の親戚に行く時にはグランドパスて乗ることも多かったようです。豆津~西島の堤防道路は昭和四十年台位は45番一般路線が走っており、現在の大野経由は日に数本だったと思います。大野経由の道路が未舗装だった為らしいです。その後舗装されてからは民家に近い大野経由に全てシフトしたようです。堤防道路上にはバス停もあり、大野経由と同名のもあったと思います。中野はそうだと思います。それとも堤防道路経由が無くなって大野経由上に移設されたのかな。古い事だし年何回か乗ったくらいだしな。更に昔、堤防道路が整備されるまでは全て大野経由だったと父に聞いた記憶があります。45番一般路線が堤防道路上を走らなくなって寂しく思っていたところ、この路線が出来て堤防上を再びバスが走って嬉しかったのですが、また走らなくなってしまいました。
Posted by 青葉台神宮駅 at 2011年04月13日 13:46
青葉台神宮駅さん、こんにちは。

中野付近は、未舗装道路ですか。時代を感じます。
東大島団地から大野あたりの道の曲がり具合、
現在の「45」バス通りも、畔をいくつか繋いだ新道の雰囲気があります。
当初は田舎道をバスが走り、堤防道路ができてバス停が移設され、
集落に近い道が整備されて、また戻ってきたんでしょうね。

「45」の激減具合は、鉄道の影響もあまり感じませんし、
バス→自家用車のシフトが劇的に起こった、ということでしょうか。
特急が片田江までノンストップだったときの記憶がありますが、
「40」も「45」も本数が派手に多かったはずなんですが。
Posted by ちょんびん at 2011年04月14日 17:19
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