地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2011年03月27日

泉ほか


金曜の晩、「49」観晴が丘に行きました。
二階建グリーンの分離した姿、どこか寂しそうなのは夕暮れのせい?



「博多南駅」からバスに乗ります。
なんか、現在は走っていない路線のほうが多いような。。。
「3」は載ってないですし。



普通の「49」で「泉」まで。
泉って、白水をくっつけて造った地名なんでしょうか。

私が持っている大分県の地図は、
日田バスの「赤石小前」が赤原前と掲載されており、
確かに石と小を縦書きすると、原のように見えます。
白水に至っては、パーツは全く一緒です。山鳥イコール嶋のようなもんで。



ここは「630」も来るんですが、無視されています。



観晴が丘経由に乗り、中原で降りました。
中原や那珂川ハイツ入口まで行きたい人にとっても、
博多南駅で乗り換える必要がなく、「49」は便利だったはずですが、
白水池団地で全ての乗客は降り、観晴が丘以降は私ひとりでした。

博多南駅に車を置いていたので、中原からは歩きましたが、
途中「下中原」のバス停も、廃止系統が多く残っていました。
それなりに修正しようという意図も見えるんですが、
改廃のペースがそれ以上に頻繁だということかもしれません。


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Posted by ちょんびん at 17:17│Comments(4)福岡緑
この記事へのコメント
年度末進行でコメできませんでした。観晴が丘のバスの利用が少なかったのは、那珂川町の商業の中心部である那珂川営業所付近に直接行けなかったのが最大の原因と思われます。
昔、今の62-1のルートは那珂川営業所から五郎丸天神を経由してました。それが博多南駅や警弥郷経由にルート変更したため王塚台などの住民が銀行のある那珂川営業所まで行けなくなったため問題になりました。
その当時の共産党の町会議員さんが元西鉄バスの運転手だったこともあり、町議会で取り上げられて救済策として620番のルートができたそうです。残念ながらその議員さんはその後亡くなられたそうですが。
Posted by かわせみ利用促進会 at 2011年03月28日 11:19
泉はもともと「東弥永団地」「西弥永団地」と名前が付いていて、春日市にあるのにややこしいという理由で地名変更。
何かもっともらしいアナウンスが新聞に載ってましたが、地元では「白水の略じゃね?」ともっぱらの評判です。

泉の地図の枠外すぐが実家です。昔はここから45番に乗って井尻に行ってました。
Posted by ジマオ at 2011年03月28日 18:27
>かわせみ利用促進会さん

那珂川町は、役場が辺鄙なところにありますよね。
那珂川ハイツの辺りは、人口規模からしても、
「62-1」と「620」の2系統+「2」くらいあって妥当だと思います。
Posted by ちょんびん at 2011年03月29日 16:37
>ジマオさん

地元の方も、白水の捩りだと疑ってるんですねw

「45」に時代を感じます。
「49」が飯倉まで伸びてきたとき、
物凄く遠くまで行けるバスができたと思ったものです。
「2」の香椎花園も同様です。
そう考えると今は、無垢な心を失ってしまいましたw
Posted by ちょんびん at 2011年03月29日 16:41
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