地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2011年06月03日

一本杉


久留米から鳥栖までの「41」は、
「10」に比べてものすごく遠回りのイメージです。
というか、実際にかなり遠回りなんでしょうけど、
乗るたびに、こんなもんだったっけ?と感じるようになりました。
沿線のバス停を認識するたびに、その距離感はどんどん短くなります。

「中原駅前」から北に踏切を渡った先は、
西鉄バスでは珍しい、旧集落を抜ける区間です。



で、西部工業団地下野を訪問するにあたって、
麓駅界隈で乗り換えることが多いせいか、
立石平田など、このあたりのバス停、連続してとりあげています。「一本杉」。



「41」を降りて、「3」を待ちます。
20分ほどの待ち時間は、この本数では接続がよいほうですが、
西部工業団地まで距離が近いので、乗りたいバスが反対側を走って行きます。
ホリデーアクトパスがあるので、反対方向で待っておけばよかったと後悔。

このあと自転車に乗った、8さいくらいの女の子が通りかかりまして、
道の反対側で、急に何かを見つけたように自転車を降り、私と目が合いました。
そのあと、また徐に自転車に跨り走り去って行ったので、視線を切ったのですが、
少し離れた横断歩道を渡ったのか、私の方に来るのが見えました。

こちら側のバス停うしろには、小さな店舗)があるので、
なんだ、買い物したかったのかと一人合点したのですが、
そのまま私の前に来て、「すいません」と声をかけてきました。

基本的に見た目が不審である自覚のある私、
誘拐犯や変質者に見られないよう必要以上に警戒しているので、
自分から小さな女の子に寄って行くようなことは、まずありません。
寄って来られても戸惑うばかりなのですが、
自転車の前カゴを覗いてみると、大きなカメムシが。

なるほど、虫が触れなかったわけね。
おいちゃんはおかげさまで、クモもゴキブリもヤモリもネズミも、
けっこう何でも平気なんだよね。



ちなみに、一本杉から乗ったバスは、
鳥栖に1台だけある、らくがきバスだそうです。
新鳥栖駅で降りてから一部分だけ撮影できました。
機会があれば、また狙いに行きたいものです。


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Posted by ちょんびん at 21:51│Comments(8)佐賀
この記事へのコメント
こんにちは!

41番ですか…乗務員時代に乗務したことありますから、懐かしいです(^.^)
当時は大型車で回してましたから、中原駅から綾部までの間で離合しなければならなかったときは、大変でした(;^_^A

そうそう、この路線、昔は循環系統だったって、ご存知でした?
幼いころ、3号線を下ってきた「あやべ方面」ゆきのバスが、東町交差点を右折しターミナルに入っていくのを見た記憶があります(^^)
Posted by あかずきんくん at 2011年06月04日 11:29
こんにちは。
画像4からの話がめっちゃ面白かったので、画像5の落書きバスを忘れてしまいました。
まさかアウトレットで会うなんて思わず、しかも落書きバスを撮っているとも思わず。
アウトレット〜弥生が丘駅の車内で、落書きバス画像(や、その他たくさん!)を見せていただいたあの日の事を思い出します。
僕もまた落書きバスを撮りたいです。いつまで落書きで走りますかねぇ…?
Posted by TGW at 2011年06月07日 12:49
>あかずきんくん。こんにちは。

ほたる臨時の一連のコメント前に、こちら返信したつもりでしたが、
反映されていませんね。申し訳ありません。

現状は、きっちり均等ダイヤなので、
綾部と立石の間あたり、道が広い場所で離合する設定のようです。
もしも鳥栖行きが大幅に遅れたときは、待つんでしょうか?
大型で離合されていた過去があるといくことは、
大変でもやれないことはないってことで、突っ込むんでしょうねw

「41」の循環系統、リアルタイムでの記憶はないです。
どこかのブログか何かで読んだ、活字上の知識だけで。
Posted by ちょんびん at 2011年06月07日 14:43
>TGWさん、こんにちは。

山家駅、千代町、小竹、鳥栖、
お互いいろんなところに行っていると感じされられますね。

私は、あんまり情報の最先端にいないので、
鳥栖の落書きバスのように、彷徨してみて偶然出会う、
バスとはそんな出会い方ばかりですね。
Posted by ちょんびん at 2011年06月07日 15:06
こんばんは。41番は確かに循環線でしたね〜。鳥栖営業所が廃止になって京町担当になる前後に循環線が西鉄久留米止めになり、信愛行きになり(どちらが先かは忘れましたが…)…41が信愛行きになった時に、路線が重複するので一時期2番が消えたのではなかったでしょうか。あかずきんくんさんが乗務されていたのがその時期なんでしょうね。号番1406が走っていた頃、綾部線で幕の2番が走ったんですよ(笑)妙に嬉しかったものです。のちに元の41に戻されましたが…。ただ、信愛行きになった当時、時刻表には確かに2番となっていたので、どれがどうなのか…(笑)
ちなみに41は大回りと小回りがあったんですよ〜。循環線でなくなった時に小回りは廃止になりました。それから一時期、綾部行きという区間便が夜2本あったんですよ〜。京町担当の頃です。あかずきんくんさんはご存知でしょう。
Posted by 暇工作 at 2011年06月07日 21:34
暇工作さん、こんにちは。

綾部から信愛が「2」というのは、「50」船小屋から信愛が「1」と、
共通のコンセプトでしょうかね。
「1」は羽犬塚界隈のバス停表記でいくつか見られるので、
「2」の残骸も、中原駅前周辺を歩けば、見つけられるかもしれませんね。

最近はいろんな方のブログやコメント、画像を拝見して、
昔の知識を少しずつ蓄積しているので、
どれが自分のリアル体験だったか、あやふやになりつつあります。
綾部止めの幕、どこかで見たことがあるんですよね。
それがどこかのサイトだったか、実際に出会ったのか、
そのへんの区別が最近さっぱり。。。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2011年06月08日 16:26
>ちょんびんさん、こんにちは。

>綾部から信愛が「2」というのは、単に「41」と「2」の路線をくっつけて、番号が若い方をとったという感じかと思います。「41」が復活したのも、「2」が多数の利用者である年輩に不評だったからとも、単に「2」自体の幕を流用して作ったため「2」は後で直せばいいやという感じで…とも言われておりました。私は後の方と今でも思っていますが(笑)
どうせ「2」とくっつけたなら長門石経由にすれば良かったのに豆津経由のまま…。「40」の一部を番号を変えて豆津経由にすれば、見るほうとすれば良かったのにと思いますが、元々「40」は豆津経由でしたので元の路線を走るだけの話でした(笑)というわけでこれに新番号をつけるなら「40-1」(笑)
Posted by 暇工作 at 2011年06月09日 12:51
「40-1」(笑)。
佐賀や久留米もLED化が進んでいますので、
野放図な番号試行や枝番化がおこなわれるかもしれませんね。

久留米市内のJR~西鉄と西鉄~信愛の経由の仕方によって、
10~50番台まで、全部枝番化してしまうとかですね(爆)。
市役所~御井町経由が「1」で、附設通るのが「2」で、
というように、市内路線の既存系統を踏襲しつつ、
「55-1」とか、吉井から大学病院にいくのは「20-8」とかw
Posted by ちょんびん at 2011年06月10日 12:19
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