地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。ずっと上五島ばかり載せているので、一時的に「ほぼ西肥バスの旅」に改称しております。

2011年01月09日

莇原中央

莇原中央莇原中央
JR唐津線の効果が印象的な場所に、「莇原中町」バス停。
多久の中心部の街です、、、
と書いてから考えるのですが、多久市って、中心部はどこでしょう。

駅は多久、中多久、東多久ですが、町として続いているわけではなく、
谷を挟んで独立したような状態が感じられます。
市役所に近いのは中多久ですし、じゃあ多久駅は、
なぜ代表駅として何もつかない多久になったのでしょう。

地理的には、このあたりがちょうど中央なんですかね?
多久市はもともと、多久・東多久・西多久・北多久・南多久の各村が
対等合併してできており、合併時には北多久だけが町制施行してたので、
いちばん繁栄していたのが、このへんだったのかもしれません。


莇原中央
多久から武雄に向かう路線の途中には、本多久というバス停もあり、
多久聖廟もこの近くにありますので、明治以前の中心はこちらなのかも
中部小学校も、こちら側です。
ただ、南部小学校は本多久バス停のあたりから見ると、
ほぼ真東にあるので、位置関係として全ての整合性を保つような、
絶対的中心がどこなのか、私が見てもよくわからないのです。


莇原中央
唐津側からJRの高架をくぐって、
線路沿いに駅へ続く旧道と、広い新道がY字路を形成しています。
旧道と新道の合流は、このような角度を取ることが多く、
大通りから旧道に入っていく瞬間のバス、堪えられません。


莇原中央
ただ、ここの場合、バス停は新道の方にありまして、


莇原中央
南側の交差点までは新道を走り、
駅へは交差点からちゃんと直角に曲がってアクセスします。
それにしても、この日はどこ撮っても雪で白いですね。



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Posted by ちょんびん at 17:17│Comments(0)昭和バス
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