地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2011年03月26日

筑後川昇開橋 若津

筑後川昇開橋 若津
久留米、というか柳川「1」の終点、「筑後川昇開橋」。


筑後川昇開橋 若津筑後川昇開橋 若津
橋の脇までやってきていたバスですが、


筑後川昇開橋 若津
今月末で廃止となります。残念です。


筑後川昇開橋 若津
バス停の周囲には、けっこうな数の住宅があります。
私が大学生の頃には、特急に合わせて1時間に2本くらいのバスがあった区間です。


筑後川昇開橋 若津
さがけいば友の会バスは、まだ走ってきているのでしょうか。
ギャンブル輸送バスも、曲がり角に来て久しいですね。


筑後川昇開橋 若津
後ろの1段高い場所が、


筑後川昇開橋 若津筑後川昇開橋 若津筑後川昇開橋 若津
瀬高~佐賀を繋いでいた、国鉄佐賀線、筑後若津駅の跡です。
大川橋が架かるまでは、若津と諸富に渡し船もあったでしょうし、
旧道のどん詰まりになってしまった今とは比べ物にならないくらい、
交通の要衝として人が集う場所だったのでしょう。

まあ特殊な橋があったおかげで、
今でも観光客が多少でもやってくるのは、幸運なのかもしれません。


以前は久留米からのバスも、大川橋終点ではなく、
若津を経由して西鉄ストアまで、大川の市街地中心に達していました。
車が普及する前に栄えた港町は、住宅が密集していて、
道路を拡張する余裕もなく、
大川橋~若津下町は、一方通行の道が2本、
両方向に並行しているのがバス通りでした。

「1」は昇開橋と大川橋の2系統ありましたが、
どちらも入出庫系統の意味合いが強く、
筑後川昇開橋発着のバスは、そのまま柳川へ折り返すのではなく、
大川橋の車庫との間を回送するものが多くありました。
その回送路として、大川橋交差点から先の細い旧バス通りが使われていて、
「1」昇開橋系統の廃止は、この回送バスをも消すことになります。


筑後川昇開橋 若津
大川橋交差点から、下って、

筑後川昇開橋 若津
すぐの分岐点、左が若津方面へ一方通行、
右は戻りの逆方向です。


筑後川昇開橋 若津
左側を、バスが回送していき、


筑後川昇開橋 若津
若津下町の交差点から右折して、


筑後川昇開橋 若津
若津まで来ていました。


筑後川昇開橋 若津
帰りは、信号のある交差点手前、郵便局の横から入るのですが、
道が狭いため、バスは大きく膨らんで曲がります。
撮影時は、角に車が停まっていたので、いつもより大きく右に寄っています。


筑後川昇開橋 若津
大川橋へ、一方通行の道幅いっぱいに走ったバスは、


筑後川昇開橋 若津筑後川昇開橋 若津
つきあたりで、旧三瀦銀行を見ながら、右に曲がります。
この地点の写真は、ハンズマンさんにお願いしたので、
どういう角度で撮っていただけたのか、とても楽しみです。


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Posted by ちょんびん at 17:17│Comments(0)久留米
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