地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。

2016年11月11日

目達原


広い敷地を持て余し気味、と紋切りの言葉から始めてみますが、
別に広かったからといって困るわけでもないでしょう。
現代のバスなんてのは、だいたいの場合において斜陽産業ですから、
昭和の30~40年代の栄華を残す場所には、何がしかの遺物もあるわけで。



そういう場所では、物凄い本数が走っていたような気がするのですけれど、
昔の時刻表なんか見たりすると、そんなに実は増減していなかったりして。
ただここの場合、高速道路ができる前は九州号が走ってましたので、
行ける場所も大きく変わりました。



いまは、久留米と鳥栖と、



佐賀まで。



40ですら、1時間に1本なのです。



と、いちいち説明しなくてもよいのかもしれませんが、目達原です。
初めて乗った時、天神バスセンターからここまで、300円ほどだった記憶があるのですが、
さていつの話でしょう。小学生で半額なので、1985年より前です。
長崎自動車道はまだ無くて、バスは鳥栖インターで高速を降り、国道34号走ってました。



当時のバスセンター敷地は、いまのリンガーハットの場所まで伸びてたらしいですが、
なぜか印象に残っていません。ただバス停の名前はインパクトありました。



ひっそりと、というほど静かでもないんです。向かいは自衛隊だし、国道沿いだし。



待合室と呼べるほどの設備もなく、風をしのぐ封鎖空間すらなく、ただトイレと屋根だけ。



バスは、疎らに停まっています。

本日は、グリコの努力によりポッキーの日が人口に膾炙しまして、
どうせなら11に因んだ何かを11時11分に予約更新しようと企んではみましたが、
何ら関係性のあるネタも見つからないので、ただ更新頻度が上がるだけの結果となります。





同じカテゴリー(佐賀)の記事画像
田中
西鉄味坂駅前
佐賀駅バスセンター
佐賀第二合同庁舎
再片田江
希みが丘第二
同じカテゴリー(佐賀)の記事
 田中 (2015-10-10 17:17)
 西鉄味坂駅前 (2015-09-29 17:17)
 佐賀駅バスセンター (2015-09-24 07:07)
 佐賀第二合同庁舎 (2015-09-23 07:07)
 再片田江 (2015-09-22 07:07)
 希みが丘第二 (2012-07-14 07:07)

Posted by ちょんびん at 11:11│Comments(4)佐賀
この記事へのコメント
今は敷地の隅は廃車置き場と化している目達原です。
35年前には車体の号番の前に目達原を示す○目の文字が入った時期もありました。このバスに乗って福岡に通っておりました(笑)

長崎、島原雲仙、佐世保、平戸、伊万里、唐津、鹿島祐徳神社、そして佐賀へ向かう西行きのバス、東には久留米、鳥栖、福岡方面へのバスが発着していました。
この近所に小さい頃住んでいた友人に言わせると、大分別府行きもあったとか。
久留米〜佐賀の40番には毎時一本の急行、鳥栖〜佐賀の43番には毎時一本の快速もありました。
Posted by 暇工作 at 2016年11月11日 17:01
こないだ別記事でコメントいただいた時に、
そういえば目達原も撮ったなー、と思ってたんですよね。

昭和の時刻表を見ると、横断道沿いの方が、
高速ができたのが遅かった分、変遷も大きいですね。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2016年11月14日 20:24
そうですねー。横断道の鳥栖〜佐賀大和が私が高校2年の時と記憶しております。
その時から目達原は一気に減便になりました。


特急バスから高速バスと改まったのですから。
Posted by 暇工作 at 2016年11月14日 21:51
高速は2点間輸送に特化されがちですよね。

花鶴丘とか中の需要って、そんなに少ないんかな、と思います。
Posted by ちょんびんちょんびん at 2016年11月28日 19:45
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。