2013年12月02日
栗尾
早良高校への路線の、新道のほう、「栗尾」。
野田の先に早良高校ができるまで、野田行きは数えるほどしかなく、
もし高校と営業所ができていなかったら、
野田は西入部や早良国民宿舎と同じ運命をたどっていたかもしれません。
そういう意味で、路線の栄枯盛衰なんて、
沿道の集落ひとつの努力でどうこうできるものではなく、
運と縁に委ねられる部分が大きいようです。
周辺集落の中で最大の、脇山小学校を経由して、
そのまま早良高校にアクセスするために設けられた途中バス停。
まあ誰も住んでいないのであれば、
脇山を複乗して野田回りで早良高校へ、という選択肢も可能なわけで、
ここにバスが経由するようになるまでには、地元の招致なんかもあったのかも。
と、偉そうなことを申しておりますが、バス通りからちょっと奥まった場所に、
路線開設前からあったと思われる年代物の待合所のような建物があって、
実は私が知らないだけで、有田から分岐して免や橋本に行っていた「2」のように、
「3」も昭和40年代には支線があったのかもしれません。
私が福岡に越してきたのは昭和52年のことでして、
53年以降の市内路線図はひととおり把握しているつもりですが、
それ以前のことになると、大きな時代の壁があります。
早良高校から脇山小、早良中あたりまでは典型的な扇状地地形で、
宅地化もされていないので、遠くをバスが走る様子が眺められて、
とても幸せになれる場所です。
那珂川から小笠木峠を越えて、田園風景が広がるのが見えると、
なんか、ほっとするんですよね。私だけかもしれませんけど。
Posted by ちょんびん at 21:13
│福岡青