地元の西鉄バスを中心に、いろいろな地域のバス路線風景を記録しています。西鉄以外の地域にもすぐ行きたくなるので、どこかで「九州路線バスの旅」とでも改名しようかと検討中ですが、西鉄バス中心に回帰しようという気持ちもあります。雑誌「秘境路線バスをゆく」に寄稿させていただきました。ずっと上五島ばかり載せているので、一時的に「ほぼ西肥バスの旅」に改称しております。

2010年12月20日

多々野

多々野
高森町民バス、「尾下線」の主要経由地、「多々野」です。


多々野多々野
バス停の後ろに写っているのは、尾下小学校の跡地です。
そんなに車が頻繁に通りそうもない道なんですが、
バス停と小学校の間に、横断歩道の名残もあります。

現在は払い下げが行われたのか、
小学校の建物は個人宅として利用されています。


多々野多々野
バス停奥の駐車スペースは、
もとはバスの車庫があったのではないかと思います。
そう考えてよく見てみると、乗車口に当たる部分に階段があります。
ということは、隣に待合室のようなものがあって、
そちらからこの階段を通って車庫内のバスに乗車したのでは、
などという妄想もふくらみます。


多々野
現在は一方向の循環路線になっていて、
牧戸方面から細い坂を登ってきたバスは、


多々野多々野
この小学校跡の交差点からまず左折して、


多々野多々野
多々野バス停を経由して、この先の下山まで複乗します。
下山は本当に集落のどんづまりのような雰囲気で、
狭い交差点で当たり前のように切り返すバスは、
隘路好きの私を恍惚の境地まで連れて行ってくれますw


多々野
で、戻ってこちら、片山方向へ走ります。


多々野
高森町民バスとして、曜日限定の循環バスになる前は、
柳谷~祭場~津留~川上~片山~多々野と、
草部北部線~津留野尻線~尾下線を繋ぐような路線携帯で、
ここ多々野が終点だったこともあります。
前掲の車庫跡は、その頃のものかもしれません。

じゃあ、このフリー区間って、どこからどこまでだったんでしょうね。
埋立あたりの国道は、バス停以外で停まると危ないですが、
旧道に入ったが最後、どこでも停まり放題のように感じる現在です。
20年ほど前、高千穂→高森の移動途中に、
初めて柳谷の辺りをバスで通りましたが、
あまり雰囲気は当時から変わっていないような気がします。



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Posted by ちょんびん at 17:17│Comments(0)産交バス
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